呪われ姫と悪い魔法使い
第3章

第1話

 翌日の夕方になって、ドットが昨晩の報告を求めにやってきた。
固く扉の閉ざされた小さな部屋で、二人で軽い夕食をとる。

「本当に彼がまた現れたのですか? 相手に気取られてはと、こちらも気配は隠していましたが、全く気づきませんでした。結界も、破られた様子はありません」

「彼の胸に、くっきりとグレグの紋章があったの。私の腰にあるものと同じよ。自分から望んで弟子入りしたって言ってたけど、彼も私のように、どこからかさらわれて来たんじゃないかしら」

 ドットは手にしていたパンを皿に置くと、コクリと首をかしげた。

「グレグが弟子をねぇ。そんなタイプには思えませんけどね」

「『代償がほしい』って言ってたわ。グレグが欲しいのは、代償だけだって」

「代償ですか?」

「なんのことだと思う?」

 彼は淡いブルーグレーの目をグッと閉じると、眉間にシワを寄せる。

「あー……。こんなことを申し上げて、ウィンフレッドさまがご不快にならなければいいのですが……」

「今さらドットが、そんなこと気にする必要ある?」

「彼はかつて、あなたのひいお祖母さまであるヘザーさまを愛していました。だから、その代わりを……と、いうことではないでしょうか」

「私が? どうしてよ!」

 私がひいお祖母さまの身代わり? 
相手をしろっていうの? 
そんなこと絶対に嫌。
ただただ気持ち悪い、吐き気がする。

「ですから、我々は全力でウィンフレッドさまをお守りすると……」

「冗談じゃないわ! もういい。この件に関して、私は一切譲歩するつもりはありません。徹底的に戦うから、そのつもりでいて!」

「かしこまりました。もちろん我ら一同、そのつもりでございます」

 ドットがいつになく真剣な表情をしている。
もしかしたら、かつてのように長い戦いになるかもしれない。
戦争を始めるのに、口実なんていらない。
大魔法使いに攻められたら、この城にどれほどの被害が出ることだろう。
それを思うだけで、胸が苦しくなる。

「ごめんなさい。私なんかのために……」

「代償に関しては、他のものを考えましょう。一番手っ取り早いのはお金ですが、そのような交渉を、ウィンフレッドさまお一人に任せていいものかと……」

「大丈夫よ、ドット」

 カイルは魔法使いだ。それは間違いない。
たとえグレグの使いだとしても、彼自身も魔法を使っている。
能力としてはドットほどではないかもしれないけど、ドットのような大魔法使いと彼が一緒になれば、魔法師同士まともに話し合いが出来るとは思えない。

「誕生日までにはまだ時間があるわ。何とかカイルにお願いして、グレグとちゃんと話し合いが出来るようにするから」

「いつでもすぐに、どんなことでも、私にご相談ください」

「もちろんそのつもりよ」

 ドットが一礼して部屋を出ていく。
残された私は、とたんに恐怖に襲われた。
腰につけられた印は、肌が赤く痛くなるまでこすっても、決して落ちることはない。
高い塔の窓からは、人通りで賑わう夕暮れの城下町がどこまでも広がっていた。
普通に外を歩き、誰かと会って毎日を過ごす日常が当たり前の世界に、私だけが取り残されたみたい。
西日は赤い琥珀色の髪を、よりいっそう赤く照らした。

「グレグのバカー! どうして私にこんなことしたのよー!!」

 そう叫んで、窓枠にすがりつく。
あふれ出る涙を、このままボロボロとこぼしてしまっては、負けな気がした。
強くならなくちゃ。私が私自身でいられるために! 
窓の下でうずくまった耳に、不意に羽音が聞こえる。
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