遣らずの雨 上
トキメキとかそういうのじゃない‥‥


この人の持つ独特な空気感は、他の誰
からも感じられない唯一のもので、
3月の寒い空に浮かぶ美しい月のように
も思う


お風呂に入り、窓を開けて空を眺め
いつものように皐月に話しかけようと
したら、いつもは気にもしなかったけど
倉庫の明かりが付いていることに
安心感を覚えた


酒向さんから逃げるように飛び出し、
名古屋からここに来て1人きりの
寂しさを選んだのは自分なのに、
あの優しさを無意識に手を伸ばして
求めていた日もある


私の事を大切にしてくれたあの日々に
嘘はなく、抱き締めてくれた温もりは
涙が出るほど幸せを教えてくれた



紫乃さんに譲ったわけじゃない‥‥


ただ、酒向さんが一途に愛した人の
愛の大きさ、ひたむきに思い続けた
気持ちに勝てないと思っただけだ。


2人がまた私と出会う前のように
時間を過ごしていたら嬉しく思うけど、
本当に逃げた事が正しかったかも
今になっては分からない‥‥


それでも、ここで過ごすうちに、
周りの人と関わりながら自分が少しずつ
変わってきている事に気づいている


これ以上自分の周りの人が悲しむ
人生にはしたくない‥‥


私の事を知る人が1人もいない場所で、
傷つけた人たちを想い恥じない生き方を
もう一度始めたいと思う


許して欲しいとは思わないけれど、
いつかまた会える日が来たとしたら、
私らしい本当の姿を見せたい



カタ


えっ?


窓辺に座り美し過ぎる月を眺めながら、
音がした方に目を向けると、凪さんが
こちらを見ていたので瞳から零れ落ちた涙を慌てて拭った



暗いし見られてないよね‥‥‥
こんな時間に出てくるなんて思わなかったからビックリした‥‥


聞いてくることはないとは思うけど、
万が一何か聞かれたら感動する映画
でも見て泣いたとでも言おう。


頭を軽く下げてから
窓をそっと閉めると、そのままベッドに
潜り込んだ。


明日から‥敬語使わずに過ごせるかな。


年上だと思っていた雇い主が、まさかの
同い年で、25歳であんなに落ち着いてて家具職人という技術職に長けている
なんてすごいな‥‥


片や、やりたい事を探す方浪人‥‥


生きていられるうちに、自分探しを
したら凪さんともお別れするのかな‥‥


フッと見せてくれた微かな笑顔を
思い出し、そのまま朝まで眠りについた
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