冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

第48話 波乱のハロウィン開幕


 今日が本番の日。
 本物に見えるよう、何度も練習したのだから失敗はしないはず。
 完璧なカレンを演じ、誠也のハートを射止めてみせる。鏡の前で瑞希は誓いを立て、ハロウィンに挑もうとしていた。

「お待たせ、誠也。それでね、その……今日、なんだけど、前原さんと萌絵も一緒に来るの。いい……かしら?」

 カレンになりきるつもりが、恥ずかしさのあまりなりきれない。
 ほのかに染まった赤い顔に上目遣いというコンボ。
 今日の瑞希はどこかしおらしく、誠也の心に特別な何かを突き刺した。

 これは偶然の出来事。
 決して狙ったわけでなく、羞恥心がそうさせただけ。
 それなのに──意図せず誠也の心を動かしてしまう。

「う、うん、ハロウィンなんだし、みんなで盛り上がらなくちゃね」
「ありがと、それで……その前に私に言うことはないかしら?」
「言うこと……あっ、ごめん、先に言うべきだったね。瑞希、カレンが現実世界に飛び出して来たみたいだよ」

 お世辞かもしれないその言葉。
 違う、誠也はお世辞なんか言わないはず。
 瑞希の心音は心地よいリズムを奏で、妄想の世界へと旅立っていく。

 そこは瑞希にとって都合のいい世界。
 自分だけを見てくれる誠也が、優しく抱きしめてくれる。
 理想のシチュエーションに酔いしれていると──。

「ちょっと何してるのよ西園寺さん」
「姫、あたし変じゃないですよね?」
「ふぇっ!? ま、前原さん? それに萌絵も……」
「驚きすぎだよっ」

 妄想の世界から引き戻したのは瑠香と萌絵だった。
 ふたりの声で我に返った瑞希は、赤面を必死に隠しなんとか誤魔化そうとする。

 妄想の世界での出来事を口に出していないか不安に襲われる。
 緊張ではなく羞恥心で心拍数が跳ね上がり、しおらしい態度がより一層しおらしくなってしまった。

「べ、別に驚いてないわよ」
「ふーん、別にいいけどっ。それよりさ、誠也、私のコスプレどう?」

 大胆に開いたスリットについ目がいってしまい、誠也は頬が僅かに赤みがかる。

 瑠香のコスプレはチャイナドレス──胸元が強調され、ロングヘアーが大人っぽさを演出する。普段の瑠香にはない魅力が誠也を襲い、心の奥を揺れ動かした。

「えっ、えっと……。大人っぽくて似合ってるよ」
「でしょー? 私でもそう思ってたんだー」
「姫ほどではないけどね。それで鈴木誠也、あ、あたしはどう、かな? 特に深い意味はないんだけど、せっかくだから感想を聞かせて欲しいんだ」

 この瞬間が一番緊張する。
 褒めて欲しいという想いは強いものの、当たり障りのない感想だったら悲しくなるに決まっている。
 誠也からの返事を待つ時間が長く感じ、萌絵の心臓は破裂しそうなくらいの音を奏でていた。

「エリーゼのコスプレですよね? 完成度が高すぎてビックリですよ。普段からコスプレとかしてたりするんです?」
「そ、それは……。たまーに、かな。趣味ってほどじゃないんだけどね」

 自分に興味を持ってくれたのが何よりも嬉しかった。
 表情にはまったく出していないが、体の内側では飛び跳ねるくらい舞い上がっている。

 最初の掴みは問題ない。
 しかもキャラ名を言い当てるなど、運命ではないかと思うくらいだ。

「そうなんですね。メイクもバッチリだし、やり慣れてる感がありますね」
「ちょっと誠也、恋人である私を放っておくきなのかしら?」
「そんなわけじゃ……」
「恋人って言っても偽りなんだし、別にいいじゃないのー」

 そう、今は偽り──だが瑞希の中では、本物の恋人でありたいと思っている。いつかは現実にしたいと切に願い、本当の気持ちは奥にしまいこんだ。

 本当の気持ちを伝えるのが怖い。
 もしそれで断られでもしたら、偽りの恋人すら演じられなくなるだろう。
 辛い、恋とはこんなにも切なく辛いものだと瑞希は初めて知る事となった。

「ほ、ほら、うちの生徒が見てるかもしれないから」
「それはそうだけど……」
「それじゃ、誠也の隣は私ということで、萌絵と前原さんは後ろからついてきなさいね」

 偽りの特権を利用し誠也を独占する瑞希。
 勝者の笑みで腕組みをしながら歩き出す。
 目指すは駅前の広場、仮装した人が多くおり、その中に混じってハロウィンを満喫しようとする。

 ここは瑞希の完全勝利で、瑠香は悔しさを滲ませ渋々誠也の後ろをついていく。
 ハロウィンは始まったばかり、勝負はこれからだとポジティブ思考に切り替えた。

「この辺だとコスプレしてる人が少ないよね」
「駅前まではこんな感じだよ」
「ちょっとだけ恥ずかしいですわね」
「大丈夫だよ、姫。似合ってるからもっと堂々としていいんだからっ」

 言葉とは裏腹に萌絵は複雑な心境だった。
 いつもと変わらない態度ではあるものの、誠也にベッタリしている瑞希が羨ましい。もし誠也と並んで歩けたのなら、どれだけ幸せなことだろうか。

 推しである瑞希に言えない歯痒さで心が締め付けられる。
 胸に突き刺さった矢は、容赦なく萌絵の心を痛めつけた。

「凄い人だよね、はぐれないようにしなくちゃ」
「そうだね、誠也、私と手を繋いでよ。でないと迷子になっちゃうもん」
「ちょっとそれはダメに──」
「これくらいいいじゃないのっ」

 結局のところ瑠香に押し切られてしまい、瑞希は手を繋ぐ事を許した。
 この人混みでは仕方がなく、はぐれると色々と面倒になるのは目に見えている。

 これで誠也の両手は塞がれた。
 だが問題はまだ解決していない。
 なぜならこの場にはもう一人いるのだから……。

「萌絵さんは僕のマントを掴んでくれていいよ」
「あ、あたしは……」
「大丈夫ですって、迷子になるよりマシだと思いますし。それとも、イヤだったりしますか?」

 イヤなわけがない、むしろ嬉しいくらいだ。
 自分を気にかけてくれる優しさに惚れ直し、萌絵はドラキュラのマントをそっと掴む。

 その姿はまるで、切ない想いを伝えられない少女のよう。
 恥ずかしさと嬉しさが混じり合い、身体の内側がくすぐったくなる。
 手を伸ばせばすぐ届く距離。今はこれで十分満足する萌絵であった。

「ううん、イヤ、じゃないよ。これなら迷子になったりしないから、ハロウィンを楽しもうよ」

 人の流れに沿って歩き始める誠也たち。
 キャラコスや職業系、オリジナルなど様々な仮装をその瞳に焼き付ける。
 写真を撮ったり撮られたり、ハロウィンは堂々とコスプレができ、普段しなさそうな人までキャラになりきっていた。

 まさにお祭り──人混みも苦ではなくむしろ楽しいくらい。
 たった一日だけだが、何日もかけて準備したかいがある。
 楽しい時間は過ぎ去るのも早く、気がつけば夜も更けてきた。

「楽しいけど、そろそろ帰らないとね。高校生だから補導されちゃうよ」
「それじゃ最後にみんなで写真撮ろうよっ。ハロウィンの記念にさっ」

 テンション爆上がりの瑠香の提案に反対する者などいない。
 誠也を中心にして、美少女たちがその周りを取り囲む。
 これほど華のある女子に囲まれるなど、男なら誰でも嬉しいはず。

 だが誠也は──嬉しさよりも楽しさが勝り、写真にはいつも以上の笑顔であった。

「この写真はラインするねー。コスプレ記念だしっ」

 珍しく乗り気な瑠香が全員に写真を送る。
 送られた写真は大切な思い出。それぞれが色々な想いでその写真を眺めていた。
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