野いちご源氏物語 〇六 末摘花(すえつむはな)
 翌日、内裏(だいり)の中の女官の(ひかえ)(しつ)に、源氏(げんじ)(きみ)がふらりとお越しになった。
「ほら、昨日のお返事だ。恐れ多い文面(ぶんめん)だったから、お返事を書くのも大変だったよ」
 大輔(たいふ)命婦(みょうぶ)に投げるように手紙をお渡しになる。他の女官(にょかん)たちはそわそわして、手紙の宛先(あてさき)と内容を気にしている。
紅梅(こうばい)の花の色のようなお鼻だったな」
 と独り言を言いながら出ていかれるので、命婦はまたおかしくなってしまう。
「なぁに、その一人笑いは」
 女官たちが見とがめる。命婦の適当なごまかしは通用しなくて、
「ここに赤い鼻の女官なんていないのに、何だったのかしら」
 とみんなで不思議(ふしぎ)がっていた。

 源氏の君からの手紙が宮邸(みやてい)に届くと、女房(にょうぼう)たちは姫君の周りに集まって拝見した。
「こんなにたくさん着物をいただいては、着物を重ねるように会えない夜が重なってしまいそうです」
 白い紙にさっと書かれているのが、いかにも恋文という感じではなくて、かえって風流(ふうりゅう)だった。
 大晦日(おおみそか)の夕方、源氏の君はあの古めかしい大きな箱に、姫君の着物をいろいろと入れて命婦に届けさせなさった。姫君が源氏の君に贈った着物とは色合いがまったく違う。
「こちらからお贈りした着物の色がよくなかったと、暗に(おお)せなのではございませんか」
 誰かが不安そうに言うと、老女房たちは、
「いいえ、あれは(べに)色が重々しい、見事な布地(ぬのじ)でしたよ。このお着物にも引けは取りません」
 と決めつける。
「お手紙だってそうですよ。姫様のお書きになる文章は堂々としてご立派でございます。こう申しては何ですが、あちらのお手紙は風流なだけで」
 源氏の君をこき下ろして、口々に姫君をほめる。姫君にとっても先日の手紙は苦心(くしん)(さく)だったので、手元にも同じ文面を残しておありになった。
< 17 / 20 >

この作品をシェア

pagetop