遠い記憶〜あの夏を忘れない〜
2025年8月―――
きっと
「好きでした」
あの夏を
「ありがとう」
忘れない…
2012年5月―――
私、水野瑠衣 12歳。
ある昼休み、女の子達が1箇所に集まって皆で好きな人の名前をいい合ってた。
しかも皆が同じ名前を出してるから今まで誰かを好きとか考えた事なかった私は、ただ周りに合わせて皆と同じ名前を答えただけの、まだ恋愛に興味がない小学6年生だった。
夏休み半ば頃―――
「夏休みどこも行ってないし横浜に行こうか」
「横浜って関東の横浜?」
「そう、神奈川県の。遠いから貴方達は会った事ないけどお母さんのお兄さんが住んでるのよ」
「え?お兄さんがいるの?」
「まーくんて言う、貴方達より少し上のお兄ちゃんがいるから遊んで貰えたらいいけどね」
「そうなんだ。楽しみだね」
「遊びに行けるなら何処でもいい」
会った事のない叔父さんのとこに3泊4日で遊びに行く事になった。
お父さんはお仕事だからお留守番。
羽田空港―――
空港まで叔父さんと叔母さんが迎えに来ていて
帰り道に赤レンガ倉庫に立ち寄ってくれた。
「楽しかったぁ」
「喜んで貰えたなら良かった」
皆で夕飯を食べながら話していると従兄弟のお兄ちゃんが帰って来た。
「飯ある?」
「あら雅樹おかえり」
「やだ、まーくんなの?大きくなったわね。私のこと覚えてるかしら?」
「あ、美沙子おばさん?」
「あら覚えててくれて嬉しいわ。子供達も連れて来たから一緒に遊んでくれる?」
「あー友達来てるから飯食ったらアパート戻るけど一緒に連れてって大丈夫?」
「アパート?」
「ほら、うち狭いから近くに下宿1部屋借りてるのよ」
「そうなのね。行ってくる?」
「ゲームあるよ」
「行きたい」
「行くー」
夕飯を食べ終わりアパートに歩いて向かう。
「名前は?」
「私は瑠衣。こっちは弟の海斗」
「瑠衣と海斗な。
俺は雅樹、まーくんでいいよ」
アパートは自宅から50mくらいの所にあり、アパートの入り口で靴を脱ぎ、2階に上がる。
ドアの前までくると中から沢山の声が聞こえる。
「友達いっぱいいるの?」
「7.8人きてたかな?」
ガチャッ
「戻った」
「おかえりー」
ちょっとドキドキしながら、まーくんの後から中を覗く。
「お、誰だれ?」
「いとこが遊びに来てて連れてきた」
「いらっしゃーい」
「こんばんわ」
ゲームしてる人、漫画読んでる人、テレビ見てる人と寝てる人もいた。
「僕もゲームしたい」
「おぅ、いいぞ。こっちおいで」
海斗はちゃっかり混ざり込んだようだ。
「瑠衣は何する?」
「うーん、とりあえずゲーム見とく」
「じゃあ、ここどうぞ」
まーくんが椅子を出してくれる。
「ありがと」
「へー瑠衣ちゃんて言うの?いくつ?」
「小6、お兄ちゃん達は?」
「俺達は中3だよー」
「大っきいねぇ」
「大っきいかぁww」
みんなでワイワイ遊んでいると1人2人と徐々に人数が減っていく。
「じゃー俺帰るわ、またな」
「おぅ、気をつけろよ」
気づけば22時―――
(トントン)ドアノックの音
「お邪魔しまーす」
「あ、お母さんも来たのー?」
「もう時間が遅いから迎えに来たのよ」
「えーまだ遊びたい」
「まだ眠くないもん」
「でも貴方達が遅くまでいると、まーくんも大変だから、また明日遊んで貰おうよ」
「明日予定ないし俺は大丈夫ですよ」
「まーくん大丈夫って」
「お友達も来てるのに邪魔じゃない?」
「一緒に遊んでるんで大丈夫っす」
「皆で雑魚寝するし任せて、美沙子おばさん」
「そう?じゃあ、お願いしとくわね」
「やったー。ここに皆でお泊り?」
「そうだな」
まーくんの友達のはると潤もお泊り。
1時を過ぎた頃、海斗に睡魔が襲う。
「なんか海斗、ヤバイよー。寝よっか?」
「うーん、まだもうちょっと…」
重い瞼を擦りながらウトウトしている。
「よし海斗、眠い時は寝ようぜ」
はるが海斗を抱っこしてベッドに運ぶと一緒に転がった。
私もベッドに行き隣に転がり込む。
「お、瑠衣ちゃんも寝るか?」
「わかんないけど転がってみたw」
「なんだそれーw」
2人で暫く話し込んだ。
はるはよく笑う、楽しいお兄さんだ。
私達にも一番接してくれた。
そして私はいつの間にか眠りに就いていた。
朝8時半頃―――
(トントン)ドアノックの音
「おはよー、起きてる?」
「おはようございます。まだ皆寝てます」
「あらあら、昨日は遅かったのかしら。
瑠衣、海斗、朝ですよー」
「うーん…おはよー」
「今日ね、シーパラで花火あるんだって。
お昼頃から皆で遊びに行こうかって話してたの」
「花火?いくいく。ねぇ、海斗起きてー」
「おはよー」
「おはよゔ。朝ごはん出来たから迎えに来たわよ」
「わかった」
「潤。瑠衣達、朝ごはん食べてくるね」
「おう」
自宅にて朝食―――
「ねぇ、まーくん達も一緒に行く?」
「どうかしらね?あとで聞いてみようね」
「うん。皆で行けるといいね」
朝ごはんを食べてアパートに戻ると、まだまーくんは寝ていた。
「まーくん、朝だよ。起きないの?」
「ん〜もう少しだけ…瑠衣も一緒に寝ようぜ」
そう言いながら私を抱き枕の様にスッポリ抱きしめるまーくん。
「もう、まーくん。重いよ」
「瑠衣、あったかいな」
「はる助けて、出られなーい」
「あはは。雅樹は抱き枕好きだからな」
「あ、そうだ。今日ね花火あるんだって」
「お〜今日花火か。いいね」
「あのね、シーパラってとこらしいよ。皆で一緒に行きたいなぁ」
「俺は行けるけど、皆はどうだろな?」
「俺も行くぞ」
「うわっ」
まーくんは飛び起きると私を抱き上げて自分の膝の上に乗せた。
「瑠衣はジェットコースター好きか」
「うん!好き」
「じゃあ、一緒に乗ろうな」
「わーい。皆で行ける?」
「あぁ、他にも誘ってみるか」
「チュウと山ちゃんは今日来るって言ってたから先に話しといた方がいいかもな」
話はどんどん決まって私達は車で、まーくん達は電車で移動する事になった。
13時過ぎ―――
「雅樹達はまだだろうから水族館まわっとくか」
「はーい。行こう海斗」
「あっ、お姉ちゃん待って」
「こら瑠衣、離れて迷子にならないでよ」
1時間程遅れて、まーくん達が到着した。
「瑠衣ー」
「あ、まーくん達がきた」
女の人が2人一緒にいる。
友達かな?
誰かの彼女だったりするのかな?
お兄ちゃんもお姉ちゃんも皆優しく接してくれる。
「瑠衣、ジェットコースター乗りに行くか」
「いくー。はるも行こう」
「よしきた!海斗も乗れるか?」
「うん」
そして私は気づいてしまった。
いつの間にか、はるを目で追っている事に。
隣にいないと探しちゃう。
他の人と話してると気になる。
これって、もしかして…
私の初恋が始動したのを感じた。
20時前―――
「花火、20時からだったよな?」
「お、そろそろ移動しとくか」
花火が見える会場まで移動しているとアナウンスが流れてきた。
『まもなく花火ショーが開催されます』
目の前を歩く、はるが海斗と手を繋いでいる。
「いいな」
「ん?瑠衣、何か言った?」
「え、ううん。花火楽しみだね」
「そうだね」
ただでさえ人で混み合ってる通路に、どんどん人が増えて背が小さい私達は人の波に飲まれそう。
そしてお母さんと繋いだ手が離れそうになる。
「瑠衣、手離さないでね」
「うん。でも人多くて…きゃっ」
手が離れた瞬間ふわっと体が浮いた。
「瑠衣ちゃん!危なかったぁ」
「は、はる?あれ…海斗は?」
「雅樹が肩車してる」
「あーはるくん、ありがとね」
「いーえ。はぐれなくて良かったな」
「う、うん」
その時、1発目の花火が上がった。
「危ないからこのまま一緒に見よっか」
私ははるに抱きかかえられたまま花火を見た。
花火ショーは10分間。
私にとってこの10分は幸せな時間だった。
私、はるが好き。
花火が終わり、お土産屋を覗いていると可愛いキーホルダーをみつけた。
「お母さん、これ欲しい」
「あら、可愛いわね」
「あのね…」
私がコッソリ内緒話をすると、私の顔を見てお母さんはにっこり微笑んだ。
ふふっ「いいわよ」
私はペアキーホルダーを買い、はるの姿を探す。
「はる」
「お、どうした?」
「あのね、これさっき助けてくれたお礼」
「え、お礼?貰っていいの?」
「うん。可愛いかったからペアなんだけど」
「ありがとー。大事にするな」
私の宝物。
次の日―――
朝から海斗とアパートに行く。
(トントン)ドアノックの音
「おはよー」
「お、瑠衣と海斗か」
まーくんはユニフォームを着ていた。
「まーくん、何処か行くの?」
「草野球の練習試合があるんだ。終わる時間わかんないけど遊んでてもいいぞ」
「そっかー。友達くる?」
「今日いないの知ってるから来ないと思うけど」
「わかった。まーくんも頑張ってね」
「おぅ、任せとけ!」
今日が最後の日。
明日には福岡に帰る。
最後にはるに会いたかったな。
海斗とゲームをしていると、潤が来た。
ガチャッ「おすーって、あれ…雅樹は?」
「野球行ってる」
「あー今日だっけ」
「帰るの?」
「一緒にゲームしようよ」
「よし、ちょっとやってくか」
海斗にせがまれ潤はゲームの相手をしてくれた。
お昼になると、お母さんが迎えに来てご飯を食べに行く事になった。
その帰り道。
「そう言えば雅樹達、練習試合とか言ってなかった?」
「あー、この先のグランドだな」
「寄って行こうか」
車を降りてグランドに行く。
「あ、まーくんいた」
最初に海斗が見つける。
「どこどこ?」
あ…はる、見つけた。
「あー、はるとチュウもいるよー」
海斗が大きな声を出して応援してたから、皆こっちに気づいて手を振ってくれる。
私にじゃないかもだけど私も手を振り返す。
暫く野球を観戦して家に戻った。
今日はまーくんも疲れてるだろうから、アパートに行くのはダメだと言われ、家でテレビを観ていると、まーくんが帰って来た。
「瑠衣〜、海斗〜。花火するぞー」
「えっ花火!?」
沢山の花火を抱えて皆で誘いに来てくれた。
「よぅ」
「わー、いっぱい」
「親父、公園でやるからバケツ貸して」
「外の持ってっていいぞ」
「瑠衣達も行っていいの?」
「皆が誘いに来てくれたなら仕方ないわね」
「やったー」
「お兄ちゃん達の言うこと聞いて気をつけるのよ」
「はーい。行ってきまーす」
花火の途中、はるの隣に座った私は、ウエストポーチにキーホルダーがぶら下がっているのに気づいた。
「それ」
「ん?あー俺のお気に入り。ありがとな」
「私も」
そう言ってポシェットを見せる。
「お揃いだな」
「うん」
次の日―――羽田空港
「じゃあ、お姉さんお世話になりました」
「またいつでも来てよ」
「はい。兄さんも身体に気をつけてね」
「あぁ、わかってる」
「まーくん、いっぱい遊んでくれてありがと」
「瑠衣、海斗、また遊びに来いよ」
「うん。また来るね」
そして飛行機の中で私は聞かされた。
「まーくん。泣いてたね」
「え、いつ?わかんなかったよ?」
「お母さんが思うに、多分、まーくんは貴女に恋しちゃったんじゃないかしら」
「えー。そんなことないと思うよ?」
「貴女にはわからなくても、お母さんにはわかったわよ」
「だって私は…」
「そうね、貴女ははるくんに恋したのよね」
「まーくんが私を…?」
でも、お母さんが言った事は事実ではなく
あくまでお母さんが感じただけ。
第一、私達はいとこだし好きになるなんて…。
今のは聞かなかった事にしよう。
あれから13年―――
私はいま横浜に来ている。
叔父さんが亡くなったのだ。
元々、お母さんだけ来る予定だったけど、仕事の休みと重なったから旅行気分で母についてきた。
葬儀会場―――
「お姉さん、大変だったわね」
「あ、美沙子ちゃん。あら、もしかして瑠衣ちゃんも一緒に?お母さんに似て美人さんになって」
「ご無沙汰してます」
「遠くから、ありがとうね」
その時、まーくんが部屋に入って来た。
「母さん、そろそろバス着くって…」
「あ、雅樹。
美沙子ちゃんと瑠衣ちゃんも来てくれたの」
「…瑠衣、元気だった?」
「はい。お久しぶりです」
そして弔問客を乗せたバスが到着する。
知らない顔が会場に足を運ぶ中、はっきりと見覚えのある顔が出てきた。
あっ―――
はる…だ。
小さい男の子を抱いたはるが近づいてくる。
「雅樹、おばちゃん、この度はご愁傷さまです。俺、おっちゃんと、おばちゃんにはホント世話になったから何て言っていいかわからんけど…」
「ううん。はる、ありがとね。うちのは悲しいの嫌いだから笑って送ってやってよ」
「うん。じゃあまたあとで」
「なーはる、瑠衣覚えてるか?」
「雅樹のいとこだろ?」
「来てるんだ」
「え?」
あれ?もしかして私を見て…る?
はるがこちらに近づいてきた。
「もしかして瑠衣ちゃん?」
「はる?」
「あ、覚えててくれて嬉しいな」
「顔があの頃と変わらないw はるの子供?」
はるはパパになっていた。
「うん。1歳半になる」
「パーパ。ねーね、ねーね」
「かわいー。名前は?」
「颯人」
「颯人くんかー」
ツンツンとほっぺに触れるとキャッキャッとパパにうずくまる颯人くん。
そしてもう一回とおねだりするように、ほっぺを差し出してくるから、もう一度ツンツンすると背負ってたリュックがこちらを向く。
カチャン
「あっ――これ」
あの時のキーホルダー。
「うん。瑠衣ちゃんに貰ったキーホルダー。いま颯人のお気に入りなんだ」
「そうなんだ。何か嬉しい」
まさか、まだ持っててくれたなんて。
実は私もポーチにつけて、まだ持っている。
13年前の夏、私ははるに恋をした。
そしてそれは私にとって初恋。
でも離れた所に住んでる人だから、小学生ながらに実らない恋とわかってた甘酸っぱい3日間。
その想いは楽しい思い出と一緒にしまい込んだ遠い記憶。
今更伝える事もない。
このあと、あの日出会った彼らが数人集まり昔話に花を咲かせていた。
そこで、まーくんが10月に結婚する事を知った。
弔問客が帰り、身内だけが会場に残る。
静まりかえる会場で、叔母さんは疲れてウトウトしていた。
「まーくん、結婚するんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「兄さんも結婚式出たかったでしょうね」
「花嫁じゃないし、そこまでないんじゃないかな」
「あら、息子の晴れの舞台よ。みたかったわよ」
「そうかな?瑠衣は彼氏いるの?」
「まぁ、一応」
「瑠衣はころころ相手が変わるのよね」
「もう、お母さん余計なこと言わないで」
「はいはい。じゃあ、お風呂入ってこようかしら」
母を見送り少しの沈黙。
「今日は遠いのに来てくれてありがとな」
「ううん」
「あのさ、久々の再会でなんなんだけど瑠衣に伝えたい事があって」
「うん」
「前に瑠衣達が遊びに来た時、俺は瑠衣のこと好きになったんだ」
「えっ?」
私はお母さんの言葉を思い出していた。
『まーくんは貴女に恋しちゃったんじゃないかな』
でもまさか今その話をされるとは…。
「まー俺達はいとこだし、好きでもどうにもならなかったんだけど、あの時はホントに瑠衣が可愛くて好きで帰って欲しくなくて、空港では泣くの我慢したけどちょっとだけ涙出て…」
『まーくん、泣いてたね』
(うそっ)
「今ではいい思い出だから、ホントは伝えるつもりじゃなかったんだけど、結婚前に会えたのも何かの縁だろうと思うから伝えさせて下さい」
「はい」
私が、はるに恋をしたあの夏――
「瑠衣の事が好きでした」
まーくんは私に恋をしていた。
「ありがとう」
私達はきっとあの夏を忘れない――。