あやめお嬢様はガンコ者
「ダメです。男としてこれ以上情けないことは出来ません」
「情けなくなんてありません!久瀬くんは、いつも私を守ってくれていました。あの男もそれを知っていたんです。もし久瀬くんが送り迎えをしてくれていなければ、私はもっと早くに襲われていたでしょう。そして久瀬くんが助けに来てくれることもなかった。だから、だから久瀬くんは、私を……」

ポロポロと涙がこぼれ落ちて言葉に詰まる。
懸命に話を続けようとすると、久瀬くんは困ったように小さく微笑んだ。

「あやめさん、本当は泣き虫ですよね」
「違います。これは、その……」

急いで涙を拭うと、久瀬くんがクスッと笑みをこぼした。

「玉ねぎ切ったから?」
「そう……、では、ないです。今は、その」
「今は?」
「久瀬くんに会えて、驚きのあまり、その……。いわゆるびっくり涙です」
「びっくり涙?ははは!そんなのあるんだ」
「あります。条件反射みたいなものです」

すると久瀬くんは、笑いを収めて私を再び抱きしめた。

「せめて嬉し涙って言ってほしかったです」
「え?」
「俺に会えて嬉しかったって、さっき言ってくれたから」

耳元でささやかれ、私は胸がキュッと締めつけられた。
思わず久瀬くんの背中に腕を回して抱きつく。
またしても涙がとめどなく溢れてきた。

「本当に嬉しかったの。久瀬くんにまた会えて」
「俺も。あやめさんをこうして抱きしめられて、すごく嬉しいです」
「久瀬くん……」

涙が久瀬くんのスーツについてしまいそうで、私は必死に身体を踏ん張りながら目元を拭う。

「いい、そんなの気にしないで」

久瀬くんは右手で私の頭をグッと抱き寄せ、自分の胸にもたれさせた。
ポンポンと優しく頭をなでられ、私は我慢の限界とばかりにしゃくり上げて泣き続ける。

この涙が何なのか?
悲しいのか嬉しいのか、切ないのか幸せなのか。
自分でも分からない。
初めて湧き上がる感情に戸惑いながら、私はしばらく久瀬くんの腕の中で、肩を震わせて涙していた。
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