あやめお嬢様はガンコ者
「あやめさん、そろそろ休んだら?もう0時過ぎてますよ」

ようやく気持ちが落ち着くと、久瀬くんが時計を見上げて言う。

「久瀬くんは?」

もう帰ってしまうのだろうかと心細さにまた目を潤ませると、久瀬くんは、ふっと頬を緩めた。

「帰ろうと思ってたけど、こんなにウルウルと上目遣いに見つめられたらちょっと無理そうだな。今夜はあやめさんのそばにいます」
「本当?」

嬉しくて思わず声が弾んでしまう。

「はい。あやめさんは寝室で寝てくださいね。俺はこのソファをお借りしてもいいですか?」
「え?そんな。久瀬くんをソファで寝かせる訳にはいきません。それに私、寝室に一人で寝るのは、今夜は怖くて……」
「じゃあどうすれば?」
「えっと。私のベッド、ダブルだから二人寝ても大丈夫です」
「いやいや、ダメです。あやめさん、社長令嬢ですよ?箱入り娘どころか、宝石箱入りお嬢様なんですから」

は?と、私は声を上げた。

「そんな大げさな。私をお嬢様扱いしないでください」
「実際そうなんだから、仕方ないでしょ?お嬢様が異性と同じベッドで寝るなんて、許されませんよ、きっと」
「これくらい、現代女性ならみんなやってます」
「ややや、やって?何をおっしゃいますやら。とにかくダメです」
「だって怖いんですもん。それならこう考えてはいかがでしょう?私と久瀬くんのお見合いは破談になっていません。ということは、今は婚約者同士です。それならいいですよね?」
「いいえ、よくないです」

なんて強情な……と呆れてから、私はハッと思い当たった。

「そうですよね。そんなことしたら、久瀬くんの恋人に申し訳ないですよね。失礼しました。それでは、おやすみなさい」

そう言うとそそくさと久瀬くんに背を向ける。
怖いけれど仕方がない。
ギュッと拳を握りしめて寝室に向かう。

「あー、もう、分かりました!」

背後からやけっぱちな久瀬くんの声がして、私は振り返った。

「これ以上あやめさんに怖い思いはさせられません。そばにいます」
「本当ですか!?」
「あ、その顔はやめてください。俺の理性が飛ぶので、笑顔は禁止です」
「は?はあ、分かりました」

よく分からないけれど、頷いておく。
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