あやめお嬢様はガンコ者
「ムキー!海外の薬事法って、ほんと色々あり過ぎる!」

ある日、大量の資料をデスクに広げた由香里ちゃんが、我慢の限界とばかりに声を上げた。

「英文の資料なんて、もうなんにも頭に入って来ないし。あきまへん!私、日本語忘れてしまいますわー。よろしおすかー?」

これはいよいよマズイと、私は由香里ちゃんのおかしな言葉づかいに眉根を寄せる。

「ねえ、あやめさん。息抜きにパーッと飲みに行きませんか?この四人で親睦も深めたいし」
「確かにそうね。原口くんと久瀬くんはどうですか?」

二人は即座に頷く。

「俺達も行きたいです」
「じゃあ今日は定時で切り上げて、みんなで夕食食べに行きましょうか」

私がそう言うと、やったー!と由香里ちゃんが両手を上げた。

「俄然やる気が湧いてきました。がんばるぞー!」

由香里ちゃんは腕まくりをして再び資料に目を落とす。
私も負けじと集中して取り組んだ。

「あやめさん、社長には伝えましたか?外食すること」

定時になりウキウキと帰り支度を始めた私に、久瀬くんが小声で聞いてくる。

「あ、忘れてた。まったく……面倒だわ。メッセージ送っておきます」
「そんな。ちゃんと電話した方がいいですよ?」
「きっと仕事中で出られないわよ」

私はその場でさっさと手短にメッセージを送った。

「じゃあ、行きましょうか」
「はーい!」

私も由香里ちゃんもご機嫌で部屋を出る。

「由香里ちゃん、どこかいいお店知ってる?」
「はい!お任せくださいな」
「ふふっ、楽しみ!」

由香里ちゃんに案内されて着いたのは、隠れ家的なビストロだった。
白亜の壁にレンガの床、明るさを絞った照明と足元を照らすライト。
通路の両側には半楕円形の入り口の個室が並び、まるでヨーロッパの夜の街のよう。
私はうっとりと店内を見渡した。

「わあ、素敵なところね」
「でしょう?あやめさん、こういうところお好きだろうなって思ったんです。お料理も美味しいんですよ」
「うん、この雰囲気すごく好き。連れて来てくれてありがとう!由香里ちゃん」
「どういたしまして。えへへ、またしてもデート大成功ですね」

早くもテンションが上がった私は、由香里ちゃんにオーダーをお任せした料理とワインが運ばれてくると、早速手を伸ばした。

「美味しい!ヨーロッパの伝統メニューをアレンジした創作料理なのね」
 
そしてついついワインも進む。

「あやめさん、もうその辺で」

手で遮る久瀬くんを、私はじろりと上目遣いに睨んだ。

「いやです。せっかくこんなに楽しいのに」
「でもこれ以上は……」
「たまにはいいでしょう?」
「そうですけど……」

毎日実家で過ごす日々に、私はかなりフラストレーションが溜まっていた。
今日くらいは発散させてほしい。

「でなければやっていけません!」

久瀬くんにそう言うと、私はぐいぐいとワインを空ける。

「なんて幸せなの。お料理も美味しいし、お腹もいっぱい。ここにベッドがあればもう最高!」

目をつぶり、ふかふかのベッドに潜り込む瞬間を想像して頬を緩めた。

「はあ、気持ちいい……」

そして私はうっとりと微笑んだままテーブルに突っ伏した。
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