あやめお嬢様はガンコ者
ところがだ。
それからというもの、どうにもあやめさんの様子がおかしい。

ふとした時によく目が合う。
視線を感じて振り返ると、あやめさんが慌てて目を伏せる。
そんなことが続いた。

しかもあやめさんは、俺から目をそらすと決まって頬を赤く染める。
なんだこれは?
そう言えば、中学生の頃にこういうことがよくあった。
クラスの女子の視線をやたらと感じ、しばらくするとその子に告白される。

えっ!ということは?
もしかして、あやめさんが俺を意識している?
まさか、そんな。
勘違いして思い上がったら、そのあとガックリ落胆することになる。
落ち着け、俺。
甘い考えを打ち消して仕事に集中した。

本格始動した新部署は社長に報告することが多く、俺はほぼ毎日あやめさんと一緒に社長室を訪れていた。

「あやめさん、欧州のフォルダにヨーロッパの各支社からの報告書をまとめてあります。社長にお渡しする用にプリントアウトしたのがこちらです」

廊下を歩きながら、俺はあやめさんに資料を手渡す。

「ありがとうございます」

そう言って受け取ったあやめさんは、俺とかすかに手が触れた途端、ピクッと手を引っ込めた。
足元に資料が落ち、あやめさんは「ごめんなさい」と慌ててしゃがむ。

「あ、いいですよ。俺がやります」

散らばった資料を拾い上げ、揃えてからもう一度あやめさんに差し出す。

「ありがとう、ございます……」

小さな声でうつむきながら受け取るあやめさんは、頬を赤くしていた。

(えっ、ちょっと待て。なんでこんなに可愛い?)

仕事中のあやめさんは、一切隙がなくいつもキリッとしていたはず。
なのに今は、まるで恋する少女のよう。

え、恋?
それって、やっぱり?

いや、やめよう。
浮かれていては仕事にも差し障る。

俺は気を引き締めて社長室へと向かった。
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