あやめお嬢様はガンコ者
「あやめさん?まだいたんですか?」

いつものように誰もいなくなったオフィスで残業していると、不意に久瀬くんが現れた。

私は驚きのあまり、ビクッと身体をこわばらせる。

「く、久瀬くん?どうして?」
「原口さん達と飲んでたんですが、海外支社に電話を入れに戻ったんです。あやめさんこそどうしてこんなに遅くまで?社長もまだ残っていらっしゃるんですか?」

久瀬くんが訝しがるのも無理はない。
私は久瀬くん達が仕事を終えても、父と一緒にハイヤーで帰る為、父を待っていると説明して一人残っていたから。
今、時刻は23時。
こんなに遅くまで社長がいる訳がなかった。

「えっと、あの。たまたまやり始めた作業が切り上げられなくなってしまって、父には先に帰ってもらったの。私はあとでタクシーで帰りますから」

なんとか取り繕うが、久瀬くんはじっと何かを考え込んでいる。
沈黙に耐えかねて、私は視線をそらしてしまった。

「あやめさん、ひょっとして毎日残業してました?」
「いえ、そんなことは」
「では社長に聞いてみます」
「それはダメ!」
「やっぱり……。してたんですね、残業」

あ……、と私はバツの悪さにうつむいた。

「ちょっと待っててください。電話を済ませたらご自宅までお送りしますから」

そう言うと久瀬くんは、海外支社に電話をかける。
流暢な英語で話すのを聞きながら、観念した私は帰り支度を始めた。

「お待たせしました。帰りましょうか」
「……はい」

私は小さく返事をして立ち上がる。
トボトボと久瀬くんについて1階に下りると、二人でタクシーに乗り込んだ。
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