シュガーくんの秘密のボディーガードちゃん
 
 私が武道を初めたのは、3歳になったばかりの頃。
 父が経営する空手道場に通い始めたのがきっかけだった。

 どうやら武道の才能があった私は、空手に始まり、小学生になる頃には柔道、剣道、合気道といった幅広い武道を学んでいた。

 しかも、どの武道も負けなし。
 大会に出れば全て優勝。同世代の子たちをバッタバッタと打ち負かしてきたものだから、当時は神童と呼ばれていたらしい。

『パパ〜!やったー!今日も勝ったよー!』

『さすが遠城寺家の、いや私の娘だ!よくやったな詩桜!』

 当時の私は、自分が武道をやりたいという気持ちよりも、父が褒めてくれることが素直に嬉しくて、練習を頑張っていた。

 だからこそ、あの「俺より強い子はちょっと……」事件をきっかけにすっぱり武道の世界から身を引けたというわけだ。

「詩桜!遠城寺家は、由緒正しき武道で栄えてきた家なんだ。私の父も、そのまた父も何かしらの武道でトップの成績を残している。小学生までは、お前もそうだったじゃないか……。せっかく才能があるのに中学になってから、全部やめてしまうし。それに、わざわざ武道系の部活がない私立の中学に入学してしまうし……」

 やばい、またお父さんの長い説教が始まっちゃう。

「お父さん、遅刻しちゃうからまた帰ってきてからね。じゃ、ご飯食べてきまーす」

 父の隙をついてドアからパッと出た私は、朝ごはんが用意されているはずのダイニングへ足を向ける。

「ちょ、詩桜!まだ話は……」

 その時、背後から父がサッと手を伸ばしてきたものだから、私は反射的に身を翻し、その手をかわしてしまった。

 あ……。またやっちゃった。

 背後を取られると、ついかわそうとする癖はいつか直さなければと思っている。

「詩桜……。あいかわらず惚れ惚れするくらい流れるような身のこなしだな。父は嬉しいぞ……」

 ジンと感動した様子で部屋の前に立ち尽くす父を無視し、私は足早に台所に向かうと、母に声をかけた。

「お母さん、おはよ〜。今日のご飯何ー?」

「あら、詩桜おはよう。今日はだし巻き卵と豆腐のお味噌汁、ごはんに、昨日の残りのおひたしよ」

 おっとりした口調で微笑む母の名前は、遠城寺舞(えんじょうじまい)

 ゆるくパーマがかかったふわふわボブに、パッチリした二重の丸目が愛らしい母は、今年で45歳になるとは思えないくらい童顔だ。

 私、見た目はお母さんに似て本当に良かったな……。

 日頃からつくづくそう思ってしまうほど、両親の見た目は正反対。
 
 もし、お父さん似てしまったら……なんて、正直あんまり想像したくはない。

「あら、お父さんは?」

「……たぶんまだ私の部屋の前にいるよ」

 テーブルに用意されているあたたかい朝食を口に運びながらそう答えると。

「また?もうあの人もいい加減にしないとね。詩桜が武道やりたくなったら、その時にやればいいし、やりたくないなら別のことで頑張ればいいだけなのに」

 困ったものねと、頬に手を当てる母も呆れが顔だ。

 理解がある母で本当にありがたい。

 私は母の意見に大きく頷きながら、美味しい朝食を食べ進めたのだった。
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