不実な自由
中学生になって、給食拒否症はなんとなくなくなっていったが、私はもうすでに、主婦化していた。たぶん小学四年生頃から、学校から帰ってきたらまず父が帰ってくるため、お茶とお茶菓子の用意をし、洗濯物を取り込み、たたみ、夕食の買い物を妹と行き、習い事(そろばん)に行き、帰ってきてから夕食の用意をしていた。母は五時までの仕事だったが、残業することが多かった。私は不安にかられた。父が私達を捨てたように母にも捨てられるんじゃないかと。