Simple-Lover
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バレンタインの翌日。
朝からシャワーを浴びて、念入りに髪の毛をブローしてついでに小顔体操もしてから家を出た。
“一緒に…行く?”
ヒロにぃとの通学は、日課だ。
もちろん、毎日髪を整えて家を出てはいるけれど。
昨日の今日、だから。
何となく、ちゃんと気合いを入れなきゃと思った。
「おはよ。」
柔らかく笑うヒロにぃはいつも通り。
「…おはよう。」
だけど私は、何となく気まずさが残っていて目線を逸らした。
「その…昨日はごめんなさい。」
「それは何についての『ごめん』なの?」
「え?」
視線をあげた途端、ギュッと握られる左手。
「寒っ」と呟いたヒロにぃは、ポッケにそのまま手を突っ込む。
そのまま二人並んで歩き出した。
鳥の鳴き声と元気な小学生の声や車のエンジン音。
そんな朝の音達に耳を傾けながら歩くいつもの歩道。
もうすぐ駅まで着くと言う所の赤信号で一度、足を止めた。
「ヒナ、ありがとね。」
顔を見た私に、少し眉を下げるヒロにぃ。
「美味かったです。チョコも、ケーキも。」
「…両方食べたの?」
「うん。」
「おばさん何だって?」
「さあ…それはわかんない」
何で?って小首を傾げたら、口角をキュッとあげた。
「だって、俺が全部食ったから。」
全部…食べた…?
あれを一晩で?
「ひ、ヒロにぃが…一人で?」
「そ、ヒロにぃが一人で。
おかげで今日は何にも食わなくても生きて行けそう。」
だって…ワンホールだよ?
トリュフだって、5つも入ってて…
「あ、青だ。行くよ。」
信号が青に変わって、また歩き出す。
「ひ、ヒロにぃ…
ごめん。まさかそんな…」
だって、それほど甘い物が得意ではないはずなのに。
「なーんで謝るのよ。俺が食いたいつったんじゃん、紅茶のケーキ。」
「そ、そうだけど…」
「一日置いて…って書いてあったけどさ。置いといたら、うちの母ちゃん、俺が居ない間に絶対、全部食べるでしょ?
置いておけるかっつーの。」
ピッとカードをタッチして、改札を通るとまた私の手をギュッと握る。
その感触に、キュウッと心が掴まれた。
…ヒロにぃに相応しいかどうかなんて、考えてもムダなのかも。
だって、無理だもん、離れるなんて。
凄く…好き、だから。
「あ、あっちが空いてそう。」
「う、うん…」
電車待ちの列に並んだら、ポケットの中で手が絡められた。
「ヒナ、今日、学校まで迎えに行くから。」
「え…?」
「バイト、昨日出た分、今日は休みなんだよ。だから、行こっかなーって思って。」
「……どこに?」
小首を傾げて見せたら、キュッと口角をあげ、得意気に笑うヒロにぃ。
「どこって…旅行会社?色々パンフ貰って選ばないと。」
旅行…ってまさか…
「行くんじゃないの?春休みに二人で旅行。」
「い…く…」
「じゃあ選ばないとね~。バイト結構頑張ったから、豪遊できるかもよ?」
ちょっと待って…?
じゃあ…バイトが忙しかったのって…
『“バレンタインだから”だよ。バイト代、跳ね上がるんだよ。』
も、もしかして…
「ひ、ヒロにぃ…」
「んー?」
「わ、私…全然バイトしてない…よ?」
「ヒナがバイトする必要無いでしょーが。俺が二人分貯めりゃ済む話なんだから。高校生はちゃんとお勉強してなさい。」
「で、でも…」
近隣の一泊二日くらいの旅行だって費用は結構かかる。
それを二人分…
電車がホームに入って来て、なだれる様に中へと乗り込んだ。
「あー…今日も混でんな…」
押しつぶされそうなほど混み合っている電車の中。私を窓際に立たせ、手すりにつかまり、窓に腕を置いて私を囲む様に立ち、他の乗客との壁になってくれるヒロにぃ。
身体が密着して、微かにその頬が私の頭にぶつかった。
「……前にも言ったでしょ?」
耳元で囁く声は
「お前は俺のなの。」
電車の音にかき消され、きっと私以外には聞こえない。
少し顔をあげると、間近で微笑むヒロにぃと目が合って
それから、フワリと唇が触れ合った。
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