女子校の王子様に求愛されています!

第三話 君臨した王子さまは本物の王子さまでした?!(後)

 〇一年A組の教室(放課後)

 部活に行く生徒は少なく、ほとんどの生徒が稲岡を取り囲んでいた

女子A「放課後、一緒に遊ぼうよ!」
女子B「ずるーい! あたしたちと遊ぼうよ!」
女子C「ダメダメ! それよりうちの部活に見学来ない?」

 稲岡を取り囲む生徒の中にはよそのクラスや他学年の生徒も混じっている
 すっかり人気者になっているし、人垣に囲まれていても稲岡はかがやいていた
 明日香はそっと教室を出て下駄箱に向かった

稲岡裕「明日香ちゃん、待ってよ」

 階段を駆け下りてくる稲岡はさながら宝塚ジェンヌのよう、あるいは舞踏会に舞い降りた王子様のようだった

明日香「邪魔しちゃ悪いと思って」
稲岡裕「そんなことない!」

 稲岡はほほを膨らませると、さっさと靴を履き替えた

稲岡裕「それより、連れていきたいところがあるんだ」
明日香「どこ?」
稲岡裕「とりあえず、ついてきてよ」

 稲岡はそう言って自然と明日香の手をにぎった
 明日香はおどろいてその手を凝視した

稲岡裕「紹介したい人がいるんだ」
明日香「…………」

 明日香はそっと稲岡の手から抜けようとしたが、稲岡はそれに気づいたのかぎゅっとにぎり直した

稲岡裕「やーだ。離さないよ」
明日香「で、でもはずかしいよ」
稲岡裕「なんで? 見せびらかせばいいじゃん」

 稲岡はからかうような笑顔で明日香をみている

稲岡裕「たとえボクがみんなの王子さまになっても、ボクにとってのプリンセスは明日香ちゃんだけだから」

 明日香はそのセリフに(はずかしい!)と顔を赤らめながらうつむく
 そして稲岡に連れられてずんずん進んでいくのは校舎の奥だった
 明日香もまだ来たことがない高等部と連立している校舎に入っていく

明日香「ねえ、こっちって中等部じゃないの?」
稲岡裕「中等部はこの裏側。こっちは理事長室」
明日香「そっか、理事長室……え?」

 稲岡は「ここだよ」と連れてきたのは理事長室の前だった

明日香「ゆ、ユウちゃん?」
稲岡裕「失礼しまーす」

 稲岡はノックをすると返事も聞かずに入っていく
 手をにぎられている明日香もついて入るしかない

明日香「ちょっと、勝手に入っちゃダメだよ」
稲岡裕「だいじょうぶ。約束してあるから」
明日香「約束……?」

 理事長室の中にはだれもいなかった
 稲岡は「呼び出されてるのかな?」と言いながら来賓用のソファにドカッと座った

稲岡裕「ほら、明日香ちゃんも座ろう? 気持ちいいよ」
明日香「いや、私は……」
稲岡裕「もう……」

 稲岡は一度立ち上がると、明日香を抱えてソファにもどった
 そして明日香を自分のひざの上に座らせながら、稲岡はソファに座った

明日香「ちょっと!!」
稲岡裕「ソファがイヤなんでしょ? ならボクのひざで」
明日香「そういう問題じゃないよ!」

理事長「あらあら。さすがにそれははしたないんじゃないかしら?」

 開いていた理事長室のドアに寄りかかっている理事長が二人を見てあきれたようす
 あわてて明日香は立ち上がってお辞儀をした

明日香「こ、こんにちは! 失礼しています」
理事長「はい、どうも。あなたが穂村さん?」
明日香「は、はい! そうです」

 理事長はドアを閉めた
 しかもカギまで閉める厳重さに明日香も内心、不思議に思う

理事長「タスクから聞いてる?」
稲岡裕「あ、待ってよ。まだ話してないのに」
理事長「あら、まだ話してなかったの?」
稲岡裕「順序ってのがあるんだよ」

 明日香はぽかんと二人をみつめる
 この二人、ただの〈理事長と生徒〉という関係ではなさそうだ

 すると稲岡はふり返った
 そして頭をかきながら「ま、そういうことだから」と言った

明日香「そういうこと……?」
稲岡裕「稲岡裕(いなおかゆう)じゃなくて、稲岡裕(いなおかたすく)ってこと。みんなには内緒だよ?」

 稲岡は口に人差し指を当てて「シーッ」と〈秘密だよ〉というジェスチャーをしてみせる
 明日香は目を白黒させていた

明日香「やっぱり……タスクくんだったの?」
稲岡裕「そう」
明日香「でも、どうして……ここは女子校だし……」
稲岡裕「そんなの、明日香ちゃんに会いたかったからに決まってるじゃん?」

 稲岡は前髪をかきあげながら笑った

稲岡裕「明日香ちゃんはてっきり地元の公立高校にでもいるもんだと思って、なんとか親を説得して公立に入試をパスしたのに、名簿にいないんだもん。それで調べればおばさんの女子校に進学したっていうじゃん? 焦ったよ、もう」

 明日香は「それは……でも……」と言葉が見つからないようすだ

稲岡裕「べつに、攻めてないよ? それに事情は察した。むしろこの女子校だったからボクも入れたわけだし、万々歳だよ」
明日香「でも、ばれたら大変じゃないの……?」
理事長「そうよ、大変なこと」

 理事長がいつの間にか理事長専用のつくえに浅く腰掛けて二人を見下ろしていた

理事長「でも、ばれなきゃいいのよ」

 明日香は口をあんぐりと開けておどろいている
 その表情に理事長も稲岡もおかしそうにクスクスと笑った

稲岡裕「実は、これは賭けなんだ」
理事長「そう。私と甥っ子の真剣勝負よ」

 二人はまるでにらみ合うように視線をぶつけ合った

明日香「賭け? 真剣勝負?」
稲岡裕「ま、明日香ちゃんが知る必要なないんだけど……」

 明日香は気になりながらも、尋ねることもできずにもじもじしている

理事長「ともかく、タスクの条件を呑む代わりに、私からの条件も吞んでもらうことになってるの。その条件の中に、穂村さんだけは事情を知っていること、というのがあって」
稲岡裕「だって明日香ちゃんにナイショにするなんて、ボクが我慢できないもん」
理事長「そんなところで子どもぶらないでよ」
稲岡裕「高校一年生はまだ未成年なので子どもでーす」

 稲岡はとぼけるようにそういうと、ソファから立ち上がった

稲岡裕「そういうことだから。明日香ちゃん、これからよろしくね?」
明日香「……え?」
稲岡裕「校内では〈稲岡裕(いなおかゆう)〉として生活するから、いろいろと助けてね?」
明日香「え、えー!」

 明日香は口をあんぐりと開けて顔を手で覆った

 〇下校途中の道中

 学校の最寄り駅のホームのベンチで腰かける二人
 明日香は少し不貞腐れた顔をしている

稲岡裕「明日香ちゃん、なんだか怒ってる?」
明日香「怒ってるよ」
稲岡裕「理由を聞いてもいい?」

 明日香は何も言わず「ぷい」と顔をそむけてしまった

明日香(だって、小学生になってからずっと音沙汰なかったのに、急に現れて「よろしくね」なんて言われたって、困るよ!)

(回想)

 家で手紙を書く幼い明日香
 手紙には「だいすきなタスクくんへ」とある
 そして自宅のポストを覗く明日香のすがた
 晴れの日も雨の日も夏も冬もポストを見ては残念そうにため息をついている
 兄の影が「もうあきらめろ」と言い、明日香はうなずく
 それからは自宅のポストをみても、中を確認しなくなった……

(回想終了)

稲岡裕「両親の離婚とかいろいろあってさ。しばらく国をあっちこっち回ってたし、帰国してからもニ、三回引っ越してて。手紙を受け取れたのは去年なんだ」

 明日香は「そうだったんだ」と内心では納得するも、表情はまだ不服そうだ

稲岡裕「手紙、たくさんくれてたんだね、ありがとう」
明日香「……うん」
稲岡裕「あ! じゃあ、これからは毎日手紙を書くよ!」
明日香「毎日会うのに?」
稲岡裕「毎日会ってくれるんだね」

 明日香は「しまった」と口を押える

明日香(そうだよ。タスクくんには学校で無視してもらおうと思ってたのに!)

 明日香は「タスクくん……あの……」と言いかける
 すると稲岡が「ちがうでしょ」と明日香の口に人差し指を添えた

稲岡裕「ユウちゃんって呼んで」
明日香「……本当に、良いの?」
稲岡裕「なにが?」
明日香「自分を偽るの、つらくないの?」

 稲岡はおどろいた表情をみせた
 そしてすぐに明日香をいとおしそうに見つめた

稲岡裕「ぜんぜん。それで明日香ちゃんのそばにいられるなら、構わない」
明日香「…………」

 明日香は「負けた」とばかりにやわらかい笑みを浮かべた

明日香「変わらないね、タスクくん……じゃなくて、ユウちゃん」
稲岡裕「そう? むしろ百八十度変わったと思うけど」

 稲岡はそう言って自分の履いているスカートをつまむ
 明日香はおもしろいとばかりにクスクスと笑っている

 電車がホームに入ってくる
 明日香が乗る電車だった
 (稲岡は逆方向の電車に乗って帰る)

明日香「じゃあ、明日ね」
稲岡裕「うん、明日」

 ベンチから立ち上がった明日香を稲岡は手を取って一度だけぎゅっとにぎった
 そして稲岡は切ない表情でもう一度「明日ね」と言い、明日香の手を離した

 電車に乗った明日香は、にぎられた手をもう片方の手でやさしくにぎっていた
 胸のときめきにめまいがしそうだった
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