元聖女の彼女との日常
1.背伸び(完結)
「ぬくぬくだ。ぬくぬく〜!」
僕の幼馴染で恋人の水無月結衣が、僕と小さなこたつの中に入ってほえぇ〜と表情を緩ませる。
「大変だったね」
「そう。警察や親にも色々聞かれるし病院で検査もあったし。でも、こうして無事にクリスマスを迎えられたからいいんだ」
「……もう年末だよ」
「んふふぅ。私のためにクリスマスツリーまで飾ってくれてるくせにぃ」
彼女は神隠しに遭っていた。クリスマスイブ前日の終業式後に突然行方不明になり、数日後にまた突然現れた。その間の記憶は……全てなくなっていた。
「ねぇ、陽平にだけ本当のことを言うね?」
「え?」
「実は私、いなくなっていた間の記憶があるんだ」
「え……」
彼女の状況は親を通じても知っていた。僕の母と彼女の母は仲がいい。記憶はないものの、身体に異常はないと。嫌な記憶が蘇ったらいけないし、失われた記憶については聞かないつもりだった。
「私、異世界に行ってたんだ」
「はあ!?」
にっしっしと笑う彼女……ただの冗談だな。普通に驚いてしまった。
「へえ。どんな異世界だったの?」
「なんかねー、勇者とかいたの。それで私も魔法を使えるようになったんだ」
「すごいね」
「でも、私は聖女として召喚されたから修行とか大変だった」
「それは、ご苦労様だよ」
記憶がなくなったことにするよりも、そんな話で埋めてしまった方がいいのかもしれない。彼女も楽しい話にしてしまいたいのだろう。
「人が魔物にバタバタ殺される世界で……頑張って勇者の人たちと一緒に魔王さんもやっつけて結界も張って、平和になったんだ」
「頑張ったんだね」
「そう。で、喚び出すのも大変だけど戻すのはもっと大変でね。同じ日時は無理だったの」
「帰ってきてくれただけで嬉しいよ」
結衣がにへへと笑いながら靴下をぬぎぬぎしてもう一度こたつの中に足を突っ込んだ。
「やっぱり直接あったまりたいよね」
ちょんちょんと僕の足が突っつかれる。
「こたつは異世界にないの?」
「うん、なかった。やっぱり陽平のいるこの場所がいいな」
「僕も、結衣と同じ場所にいたい」
記憶がない間の不安だけは覚えているのかもしれない。防犯カメラからも足どりは掴めず、神隠しってものが実際にあるのではと思っている。
……誰かに誘拐されていたよりも、その方がずっといい。
「かなりの高確率で明日も生きてるっていいね。聖女になれなんて言われず、なりたいものになれるっていいね」
僕の知らない表情で語る彼女の言葉に、もしかして本当に――、なんて思う。
「なりたいものがあるの?」
「まだない。でも……少しだけ大人になったかな」
「大人?」
「例えば私たち、四月から私は文系で陽平は理系のクラスでしょ?」
「あ……ああ」
どうしていきなりそんな話になるのだろう。
「でもね、どうしても入りたい大学を見つけたので変更させてくださいって親とお願いすれば通ると思うの」
「う……うん。確かにそんな気はするけど」
「どんなことも、もう無理だなんて諦める必要はないって。異世界に行って一番勉強になったのはそれかなぁ。人との関わり合いの大切さってゆーかさ」
「そっか」
どうしてこんなに大人びているように思うのだろう。
「どれくらいの期間いたの?」
ついそう聞いてしまった。
「一年。早く陽平に会いたくて、めちゃくちゃ頑張った。でも一歳年上になっちゃった。ごめんね」
「歳なんて気にしないよ」
「えへへ」
深く突っ込んだら彼女を困らせるかもしれない。それなのに、僕は彼女の話を信じたくて仕方なくなった。
「その世界のこと、もっと聞いていいのかな」
じっと、結衣が僕を見つめる。
「私はね、本当のことを言ってる。でも……信じるの? 陽平」
疑っていたことは伝わっていたらしい。
「信じたくなったが正しいかな」
「頭がおかしいって、思わない?」
「思わないよ、信じさせてほしい」
「分かった」
彼女の話す冒険譚を聞いていると、玄関の開く音がした。しばらくして母がノックと共に部屋の扉を開ける。
「メリークリスマス、結衣ちゃん! ホールケーキ買ってきたわよ!」
「うわぁ、ありがとうございます! すっごく美味しそう」
「でしょ。切ってくるわね!」
母がまたパタパタと部屋を出ていく。
「陽平のお母さんも好きだなぁ」
「あとで伝えておくよ」
「うん。あのね、私のなりたいもの思いついた!」
「え、今?」
「そう。この家の子になりたぁい」
こたつ布団を引き寄せて、甘えたように僕を見る。
「たぶん母さん、大喜びするよ」
「えへへ。分かってるんだ、ずっと子供ではいられないって。分かってるの。でも――」
上半身だけ僕に寄せて、ちゅっと頬にキスされる。
「今は子供でいたい」
彼女の言う異世界の話が本当なのかは分からない。でも、彼女の中の何かが変わったのだけは感じる。
「同じ世界で一緒に少しずつ大人になろう。メリークリスマス、結衣」
彼女に相応しい僕であるためには、もう少しだけ背伸びをしないといけないかな、なんて思った。
僕の幼馴染で恋人の水無月結衣が、僕と小さなこたつの中に入ってほえぇ〜と表情を緩ませる。
「大変だったね」
「そう。警察や親にも色々聞かれるし病院で検査もあったし。でも、こうして無事にクリスマスを迎えられたからいいんだ」
「……もう年末だよ」
「んふふぅ。私のためにクリスマスツリーまで飾ってくれてるくせにぃ」
彼女は神隠しに遭っていた。クリスマスイブ前日の終業式後に突然行方不明になり、数日後にまた突然現れた。その間の記憶は……全てなくなっていた。
「ねぇ、陽平にだけ本当のことを言うね?」
「え?」
「実は私、いなくなっていた間の記憶があるんだ」
「え……」
彼女の状況は親を通じても知っていた。僕の母と彼女の母は仲がいい。記憶はないものの、身体に異常はないと。嫌な記憶が蘇ったらいけないし、失われた記憶については聞かないつもりだった。
「私、異世界に行ってたんだ」
「はあ!?」
にっしっしと笑う彼女……ただの冗談だな。普通に驚いてしまった。
「へえ。どんな異世界だったの?」
「なんかねー、勇者とかいたの。それで私も魔法を使えるようになったんだ」
「すごいね」
「でも、私は聖女として召喚されたから修行とか大変だった」
「それは、ご苦労様だよ」
記憶がなくなったことにするよりも、そんな話で埋めてしまった方がいいのかもしれない。彼女も楽しい話にしてしまいたいのだろう。
「人が魔物にバタバタ殺される世界で……頑張って勇者の人たちと一緒に魔王さんもやっつけて結界も張って、平和になったんだ」
「頑張ったんだね」
「そう。で、喚び出すのも大変だけど戻すのはもっと大変でね。同じ日時は無理だったの」
「帰ってきてくれただけで嬉しいよ」
結衣がにへへと笑いながら靴下をぬぎぬぎしてもう一度こたつの中に足を突っ込んだ。
「やっぱり直接あったまりたいよね」
ちょんちょんと僕の足が突っつかれる。
「こたつは異世界にないの?」
「うん、なかった。やっぱり陽平のいるこの場所がいいな」
「僕も、結衣と同じ場所にいたい」
記憶がない間の不安だけは覚えているのかもしれない。防犯カメラからも足どりは掴めず、神隠しってものが実際にあるのではと思っている。
……誰かに誘拐されていたよりも、その方がずっといい。
「かなりの高確率で明日も生きてるっていいね。聖女になれなんて言われず、なりたいものになれるっていいね」
僕の知らない表情で語る彼女の言葉に、もしかして本当に――、なんて思う。
「なりたいものがあるの?」
「まだない。でも……少しだけ大人になったかな」
「大人?」
「例えば私たち、四月から私は文系で陽平は理系のクラスでしょ?」
「あ……ああ」
どうしていきなりそんな話になるのだろう。
「でもね、どうしても入りたい大学を見つけたので変更させてくださいって親とお願いすれば通ると思うの」
「う……うん。確かにそんな気はするけど」
「どんなことも、もう無理だなんて諦める必要はないって。異世界に行って一番勉強になったのはそれかなぁ。人との関わり合いの大切さってゆーかさ」
「そっか」
どうしてこんなに大人びているように思うのだろう。
「どれくらいの期間いたの?」
ついそう聞いてしまった。
「一年。早く陽平に会いたくて、めちゃくちゃ頑張った。でも一歳年上になっちゃった。ごめんね」
「歳なんて気にしないよ」
「えへへ」
深く突っ込んだら彼女を困らせるかもしれない。それなのに、僕は彼女の話を信じたくて仕方なくなった。
「その世界のこと、もっと聞いていいのかな」
じっと、結衣が僕を見つめる。
「私はね、本当のことを言ってる。でも……信じるの? 陽平」
疑っていたことは伝わっていたらしい。
「信じたくなったが正しいかな」
「頭がおかしいって、思わない?」
「思わないよ、信じさせてほしい」
「分かった」
彼女の話す冒険譚を聞いていると、玄関の開く音がした。しばらくして母がノックと共に部屋の扉を開ける。
「メリークリスマス、結衣ちゃん! ホールケーキ買ってきたわよ!」
「うわぁ、ありがとうございます! すっごく美味しそう」
「でしょ。切ってくるわね!」
母がまたパタパタと部屋を出ていく。
「陽平のお母さんも好きだなぁ」
「あとで伝えておくよ」
「うん。あのね、私のなりたいもの思いついた!」
「え、今?」
「そう。この家の子になりたぁい」
こたつ布団を引き寄せて、甘えたように僕を見る。
「たぶん母さん、大喜びするよ」
「えへへ。分かってるんだ、ずっと子供ではいられないって。分かってるの。でも――」
上半身だけ僕に寄せて、ちゅっと頬にキスされる。
「今は子供でいたい」
彼女の言う異世界の話が本当なのかは分からない。でも、彼女の中の何かが変わったのだけは感じる。
「同じ世界で一緒に少しずつ大人になろう。メリークリスマス、結衣」
彼女に相応しい僕であるためには、もう少しだけ背伸びをしないといけないかな、なんて思った。


