滅びた王国の王女リーナは私です。(一話だけ大賞応募作)

 大地は黒く染まっていた。
 灼熱と死だけが広がっていて、聴こえるのは悲鳴と泣声。
 地獄の方がまだマシだと思える、そんな光景が目の前にあった。
  
「リーティナ姫」

 灰と煙の中、乳母が優しく抱きとめリーナの銀色の髪を撫でた。みごとな銀色の髪は、バビロンの王族である証で、リーナの両親も月のような輝く銀髪だった。けれど、今リーナの目の前にはどちらもいない。

「リーナでいいわ……もう、お父さまもお母さまもいないんだから」

 数刻前に、胸を一突きされ(むくろ)と変わってしまった両親の姿を思い出した。ぎゅっとこぶしを握り、リーナは涙を隠すように乳母から視線を外して降りしきる灰の中で佇んでいた。リーナたちは侍女と、その娘に扮して王宮から命からがら抜け出すことがなんとかできた。

「そうはいきません、リーティナ姫」

 乳母は、リーナの頭にパッと手をのせ、小さく呪文を唱えはじめた。

「……なにしたの?」
「勝手なことをお許しください。黒髪にするよう、魔法をかけました。私が死んでも効力は保ちます。元の髪色に戻したいときは――この、本を。薬の調合本と治療について書かれています」

 乳母の口の端から、血が流れ落ちる。

 いつの間に、怪我をしていたのだろうかとリーナは乳母を見た。
「なんてこと……ばあや、横に、なって!」
「いいえ、もう助かりません。ですから、これを」

 そういって、リーナの手に本を1冊押し付けてきた。乳母のいいたいことがわかり、リーナは首をふるふると横に振った。

「……1人でも逃げろ、って? できないわ。これで、あなたを治せば――」
「いいえ、調合の時間がかかります。治すための道具はここにはありません。リーティナ姫が助かれば、心残りはありません。さあ、私が囮になりますから、とにかくここから――」

 直後に「いたぞ」、という叫び声が聞こえた。
 何人かの、いかつい男たちが、自分たちを見て――と

 そこで、リーナはいつも目が覚めるのだった。

 ベッドの端にある、調合薬がかかれた本。
 小さな手鏡を持ち、髪の毛が黒くなっているかを確認する。
 あの地獄から、なんとか生還できたリーナの日課だった。

「リーナ、ご飯よ! 起きてるの?」と、声がした。
「はあい、お義母さん」と、リーナは返した。

 自分がさまっていたところを、通りかかった新婚夫婦が保護してくれたのだ。朝ごはんを食べ、同じく育ててくれた義理の父の調合部屋(アトリエ)へと赴いた。義父は薬草を取りに行っているのか、不在だった。代わりに女の子が一人、来客していた。

「ああら、リーナね」
「シャルロッテ、きてたの?」
「そうよ、仕入れにね。いらっしゃいって一言くらい、ないの? あなたのところで、私は買って《《あげてる》》のよ?」

 その通りではあるのだが、リーナは頬を膨らました。

 優しい夫婦は自分の子供のように育ててくれた。恩返しをするべく、リーナも調合を毎日手伝っていた。義父の腕前は良かったが、売り上げは微妙だった。というのも――

 この目の前にいる商家の娘、シャルロッテの家は通常より多めの手数料を取っていたのだ。

もともと3ペインで売る品を、10ペインで売られると、その分買う人が限られ、売れなくなってしまう。しかし、シャルロッテの家を経由しないと薬は販売してはいけないことになっていた。薬は指定のところでの売買、という法律の壁が、リーナの家を貧乏にしていたのだ。それでもいくらか売れていたのは、リーナがひっそりと効力を増すように努力していたからだ。

「いつか、この家を継ぐんでしょう? それなら、私にもっと良くしておかないと――ここでの取引を止めちゃうかもよ」

 ふふっと意地が悪そうに笑った。

「……いらっしゃいませ!」

 リーナはシャルロッテの言葉を無視した。そしていらっしゃいませ、といった相手はシャルロッテではない。今しがたアトリエの扉をあけ、入ってきた一人の少年に対してだった。シャルロッテは思わず、扉の先に現れた人物を見た。

「――えっと、薬師のニールさんと約束をしていたものです。ここにくるようにと」

 年齢的に声変わりしたばかりだろうか、年齢はリーナとシャルロッテに近い。服装は茶色のややボロめのマントをすっぽりと羽織り、中の衣服は見えない。顔の形はとても整っていて、金の髪が朝日に照らされて太陽のように輝いている。薄い唇に、すぅと通った鼻筋は、この町では見たことがない美男子だった。シャルロッテが、思わず手に持っていた包みをごとりと床に落とすほどの。

「ええと、義父は今、薬草を取りに不在で」
「では、待たせてもらいます」
「もどったら義父に取り次ぎます、お名前を」
「……グレンです」

 シャルロッテは、大喜びで「グレン様とおっしゃるの? 薬なら、うちで用意しますが?」といつもより声を一段と高くして顔をじっと見つめ、寄っていった。

「ああ、いや。詳しく聞きたいことがあるので、構わないでいただければ」
「でも薬は、うち経由でしか買えませんが――」

 今度は甘えるような声でシャルロッテがいったところで、グレンはよろめいた。壁にもたれかかり、手をついたが、その手の一部の皮膚は、真っ黒だった。シャルロッテは、その様子を見て、「ひっ、なにそれ! 伝染病?」と叫んだ。打って変わってグレンから距離をとると、包みを拾って逃げるようにドアへと手をかけた。

「そ、そうね。ごめんなさい、私じゃ、力不足かも、じゃあ、また!」

 シャルロッテは青ざめて去っていった。

「あの、大丈夫ですか?」と、リーナはグレンに近寄り、おそるおそる声をかけた。
「申し訳ないです、ここにくるまでに少し疲れてしまって」

 ハッと気づき、リーナはアトリエにあった簡単な椅子を並べ、グレンに横になってもらった。

「ありがとうございます」

 礼をいい優し気にほほ笑まれ、思わずリーナは「いっいえっ、お客様への当然の配慮ですから」と返すのが精一杯だった。

「その黒い皮膚は、なんです? あの、シャルロッテのいうことを鵜呑みにするわけじゃないですけど、伝染するわけじゃ――」
「……いや、その類じゃなく、これは」

 グレンがいったところで、義父ニールが戻ってきた。
 グレンの顔を見ると、ひざをついて、深々とお辞儀をした。 

「いらっしゃってたのですか! なんと! 申し訳ございません」
「いや、いい。それより、敬語をなくしてと頼んだはずだけど」
「! そうでした。あ、いいや。そうだな、グレン様、薬はこちらで用意します……用意するから、リーナの隣のお部屋でお待ち……待ってくれ」

 これにはリーナは飛び上がった。

「お義父さま!? どういうこと?」
「少しの間、この方をお預かりすることになった。身体の調子が悪いから、うちに泊まって治療に専念してもらう」

「え、だ、だって――」
 リーナに近い、年頃の男の子だ。これにはリーナも両手放して喜ぶわけにはいかない。

「リーナ、頼む」

 ただでさえ拾って育ててもらったという多大な恩がある、義父の頼みはリーナが断れる状況ではない。しぶしぶいわれるまま、リーナは指示通り自室の隣の部屋を掃除し、グレンを案内した。

「お義父様のいいつけどおり‥…これから1週間、毎日薬をお持ちします」
 
 リーナは薬を渡した。グレンはごくりとなんの疑問も持たずに飲み、「ありがとう」といって、横になってそのまま眠ってしまった。すうすうと寝息をたて、しんどかったらしい。寝顔までも綺麗なところを見て、リーナは心が少しだけ、むずがゆくなった。

****

 グレンは数日間、ずっと滞在していた。
 滞在中は何をしているのか、家の中で何かを読み漁っているようだった。
 医学の本であったり、大切なはずの帳簿であったり。
 それに、近くの商家にいって、何か本か帳簿を持ってきたり。
 リーナがいいのかどうかを義父に尋ねると、「全部、グレンに見せていい。あとで、何が起こるか――きっとリーナも驚くぞ」とニヤリと笑うのだった。その間、シャルロッテは一度もこなかった。グレンが滞在し続けていることを知って、妙な病気でもと警戒して近寄ってこないのだろう。

 いつも通り、盆を持ちリーナは薬と一緒にグレンの部屋へと食事を運んだ。

「身体の調子はいかがですか」
「ん、なかなか」

 ノックをして部屋に入るとグレンは着替えの最中だったのか、上半身裸だったので、リーナは悲鳴を上げそうだった。慌ててお盆を落とすところだった。後ろを向き、見ないようにすると、グレンの「失礼した」と笑いをこみ上げる声が聴こえる。

「見えました、腕まで……黒くなっているんですね」
「ああ。まだ片腕で済んでるけどね。それに――と、着替え終わったからこっち向いても大丈夫だよ」

 安堵の息をもらし、リーナは振り返った。
 グレンは簡単な白いシャツに身を包んでいた。シャツ、といっても上質な素材であることは見てわかった。この辺りでは、売っていない光沢のある絹素材だ。腕はまくってあるので、黒ずんでいる箇所が見えた。隠す気はないようだ。

「リーナ、と呼んでも? 僕が飲んでいる調合薬は君がメインで作ってる、と聞いたけど」
「ええ」

 最初は手伝う、というレベルだったが、義父では作りにくいものを、一部メインで担っている。繊細な調合で効力が増すことをリーナは知っていた。滅亡したバビロンの本に、詳しく書いてあったことを思い出す。
 秤では不可な、目分量で入れなくてはならない程度の、微々たる量の差だ。慣れている義父でも、苦戦するほどの。

「……君たちが調合した薬、ここに来る前にも使っていたんだ。君たちの作った薬なら、この症状が抑えられることがわかった。治る、んじゃなくて進行が抑えられる、だけど。そして、それは君が作っているんだってね?」

 グレンは黒い皮膚を撫で、ため息をついた。

「それは、いったいなに? どうしてそんなことに? 痛いの?」
「痛みはない。10年前に滅びたバビロンのことについて調べていたら、いつのまにか、皮膚が黒ずんでいた。僕の前に調べていた先生は、この症状が出てから数か月前に死んでしまった。……全身が黒くなってしまって」

 バビロンの、ときいて、リーナは息を呑んだ。

「どうして、バビロンが関係を――。いいえ、なんで調べてるの」
「医学に長けた魔法学の国だったから……滅びた原因を知りたい。バビロンの医学も。僕がそれで死んでたら世話ないけど」

 そこまで会話をしたところで、いつの間にか互いに敬語が消えていることに気が付いた。今さら敬語に戻す気もないので、リーナはそのまま会話を進めることにした。

「そこまでして調べていったい何を?」

 その途中で、家の外が騒がしいことに気が付いた。
 複数人の大人、それも男性が声を荒げている。ガシャガシャとなる鎧の音。それと――
 
「なんのつもりですかっ」と。シャルロッテの声だった。
リーナとグレンは顔を見合わせると、アトリエの外へ飛び出した。

「私たちが、何をしたっていうんですか」

 悲鳴のようなシャルロッテの声に外に出てみると、家の目の前の石畳みの通りで、シャルロッテとその父親が複数の男に取り押さえられていた。男、といっても鎧をまとった、騎士団の文様入りのマントをたなびかせている。旗も持っているところを見ると、正規の王宮騎士団であることは明白だった。

「マール・ピーターとその娘。君たちの商家は、法外の手数料をとっていると情報があってな」

「な、そんな証拠がどこに!」

 シャルロッテの父親が顔を真っ赤にしながら、声を荒げた。

「ならば家捜しをして、証拠を見つけよう」
「あればな。なければ、相応の保証をしてもらうか」とシャルロッテの父親はせせら笑った。証拠など無いという自信があるように。

 すると、グレンが鎧の男たちの前に、すぅっと歩み出た。

「大丈夫、この僕が証人だ。この薬師の家、他にも何軒かの家で帳簿をみた。どれも法外の手数料をかさ増ししている、訴えの内容に間違いはない」

 透き通った声で、遠くまではっきりと聞こえた。

「お前……誰だ!? 小僧、いったいなんのつもりだ!」

 シャルロッテの父親は唾をはきかけ、グレンを睨んだ。そのとたん、鎧の男たちの血相がみるみるうちに変わっていき、シャルロッテの父親の首へと剣の切っ先を向けた。

「小僧だと! この方をなんだと思っている! 我が国の第1王子――グレン様であせられるぞ!」

「第1!」
「王子!?」
 騒ぎにききつけ、見に来ていた周囲の町の人間たちがざわついた。
 いわれてみれば、確かに所作といい、にじみでる雰囲気そのものは独特のものであった。

 グレンは、周りを見やった。
 
「……はは、イヤなバレかたしちゃった。けど、仕方ないね。それなら、さっさと話を進めようか」グレンは構わない、といわんばかりに手を振る。その動作に、鎧の男は剣を収めた。グレンはそのままシャルロッテの父親へと視線を投げ、声を張り上げた。

「マール・ピーター。罪状を告げる。第318条2項。薬を流通するものは、手数料を2割までに収めなければならない。それは、なぜか?」

「……民に平等に薬がいきわたるようにするため」

「その通り。通常であれば、流通していたはずの通常薬を、高価で売り付け、流通させなくしていた。これは第318条2項に反する行為だ。さらに」

「さらに!? これ以上なんだというのです」

「君たちの行為は、薬を買うことができなくなってしまった人たちが死んでしまう。つまり、第558条4項、故意による無差別殺人罪を適用し、君たちマール・ピーター家は全員斬首刑となる」

「な、な……」
真っ青になりながら、シャルロッテの父親は愕然としている。

「だが年頃の娘がいるため、さすがに気の毒だ。それは止めておこう。優しい僕が温情でこの罪を軽減し、君たちの財産を全額没収のみで手打ちにしてやろう。没収した財産はこの町の人間に還元する」

「財産を全額ですと!? 殺生な」

「では斬首の方がマシと? どちらがいいか選んでもいいぞ?」

「……そ、れは!」

 シャルロッテは気を失い、その父親はうなだれた。
 鎧の騎士たちによって、どこかへ連行されていく。

「さて、ここの町での調査は終わった。早速だけどリーナ、僕の専属の宮廷薬師として、一緒にきてもらおうか」

 そういって、グレンは手を差しだした。
 リーナは意味が分からず茫然として、じっとグレンを、その顔を本気かどうかを眺めていた。

「……リーナ。君に、拒否権はないよ。なにせ、僕も生死がかかっているんでね。いかなる手段を用いても――君に傍にいてもらう」

「行きたくない、といっても?」

「第5条9項。王族の生存に関わる状況の時は、いかなる場合も問わず全ての民は協力すべき、とでもいえばいいかい?」

「……それでも、お義父さまとお義母さまと離れたくないわ。家計のためにも、2人を助けなきゃいけないし……。だから、いやだ、といったら?」

「そっか、じゃあ――もっと面白い、他の法律を持ち出してもいいよ? 僕と婚約すれば堂々と君の家に補助金は出せるからね。さあ、どちらがいいかな? 相談して決めようか。とにかく、僕と一緒に来てほしい」

 ぐい、と強引にリーナの腕を引き、ニヤリとグレンは不敵に笑った。
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