求婚は突然に…       孤独なピアニストの執着愛
(心奈side)

夢を見ているようだと思う。
今日1日の全てが、私の現実に本当に起こった事なのかな…?

寝てしまえばきっと、儚いシャボン玉のようにパンッと弾けて消えてしまうのでは…。

そんな私の心配を他所に、慣れないパーティーに疲れた身体は、お風呂に入ればグッタリと重くなり、ソファにもたれかかれば不覚にも、知らない間に意識を手放していた。

気付いた時には辺りは明るく、キラキラと輝いていた。

ここはどこ⁉︎と、自分の居場所さえ思い出すまで時間を要するほど、深く寝ってしまっていた。

目を開けなければと思うのに、身体がなかなか言う事を聞かない。

「心奈…起きたのか?」
いつもよりくぐもった声が聞こえてくる。そして昨日の記憶が一瞬で戻ってきた…。

恥ずかしい…
昨夜はちゃんとおやすみを言って寝ようと思って…彼のお風呂が終わるまでソファで待っていたんだ。

それなのに…眠りこけてしまうなんて。
顔を両手で押さえて悶絶する。

「心奈…どうした?どこか痛いのか?」
先程よりもはっきりとした声が聞こえて、より近くに感じる。

恐々そっと指の隙間から覗き見る。
うわっ…。
絶句して布団に潜り込む。

大きなベッドに寝かされていた…
多分、一緒に寝てた…の?

横には腕枕をして私を覗き込む紫音さん…

「俺は何もしてないよ?ソファで眠ってしまったから、ベッドに運んだだけだ。」
紫音さんは侵害だな、と言うようにお布団に潜る私の頭をポンポンと優しく撫ぜてくる。

「ごめんなさい…ご迷惑を、おかけして…。」

「ご迷惑か…沢山かけてくれたらいいし、むしろ迷惑大歓迎だよ。」
にこやかにそう笑いかける彼の声が胸に響く。

「…おはよう、ございます。」
そっと布団から顔を出す。

「おはよう。良く寝れた?
俺も久しぶりに熟睡できたよ。まぁ、昨日はお互い慣れない事して疲れたよな。」
独り言のようにそう言って紫音さんが起き上がる。

「今夜バイトは?
腹減っただろ?どこか食べに行きながら帰ろうか?」

「えっ!今、何時ですか⁉︎」
ガバッと起きて時計を見ると、既に12時近くを回っていた。

ああ、やってしまった…
普段から昼夜逆転の生活をしているから、昼間はめっきり弱くてアラームをかけないと寝過ぎてしまう。

「ごめんなさい…チェックアウトの時間…通り過ぎちゃいましたよね?」
青ざめながらそう聞くのに、紫音さんは気にも留めないように、

「気にしなくていいよ。アラームを止めたのは俺だから。良く寝てたし起こすのも忍びなくて…俺も二度寝出来たから問題無い。」
私の失敗をいつだって肯定してくれる。

そういう彼は既に身支度が整っていて、また私を慌てさせた。

それなのに彼は優雅な雰囲気は壊さず、私のボサボサの髪を愛おしそうに撫でて、メガネまで渡してくれる。

「シャワーでも浴びて来るか?飯もなんならホテルで取っていいし、心奈がしたいようにしてくれたらいい。」
おおらかでゆったりとしたいつもの雰囲気だ。

そんな人が、昨夜はあんなに怒るなんて…。
心配をかけてしまった私が悪いのだけど、相手に殴りかかる勢いだった。

ピアノを弾く大切な手も、彼の築き上げた地位も名誉も、全て守らなければと咄嗟に中に入って止めて、なんとか騒ぎになる前で済んだのだけど。

あんな風に熱い感情を持っている事を知らなかった。それはそうか…出会ってから1カ月ほどしか経ってないのだから、ほんの一部分を知ってるだけ…彼だって私のほんの一部分しか知らない…。

だけど、なんでだろう…?
彼だけには発作が起きない。始めてあった一回きり…。
昨夜のパーティーで会った前の会社の人に対しては、腕を掴まれただけで呼吸が乱れ、血の気が引く感じがした。

あの時、紫音さんが駆け付けてくれなかったら、きっと発作で倒れていただろう。

軽くシャワーを浴びながら物思いにふける。

今夜はバイトを入れているから、このホテルを出て昼食を食べて、紫音さんと離れれば、現実に戻るしかない…。
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