野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
 懐妊(かいにん)中の(あおい)(うえ)は、妖怪(ようかい)()りついているらしく、ひどくご体調が悪い。左大臣(さだいじん)()では誰もかれもが心配してお(なげ)きだから、源氏(げんじ)(きみ)もふらふらと出歩くことは遠慮(えんりょ)していらっしゃる。二条(にじょう)(いん)にもときどきお顔をお見せになるだけだった。
 夫婦仲はしっくりいっていなくても、葵の上のことを正妻(せいさい)として尊重(そんちょう)はなさっている。何よりご自分のお子が生まれるのだから、僧侶(そうりょ)を呼んで妖怪退治(たいじ)のお祈りもおさせになった。

 お祈りをすると葵の上のお体から妖怪がつぎつぎと出てくる。妖怪は僧侶が連れてきた少女に乗り移り、少女の口を通じて自分の正体を明かした。ほとんどは大したものではない。問題はどうしても少女に乗り移らない妖怪だった。片時(かたとき)も離れず、葵の上のお体にしがみついている妖怪がひとつある。
 この妖怪はご病状(びょうじょう)を重くしているわけではないけれど、有名な僧侶のお祈りも()かないほどしつこかった。よほどの(うら)みがあるらしい。
「源氏の君と特にご関係の深い女性といえば、六条(ろくじょう)御息所(みやすんどころ)か、二条(にじょう)(いん)の人では」
 女房(にょうぼう)たちはそう疑っているけれど、妖怪の正体は分からないままだった。

 葵の上はずっとお泣きになっている。ときどきお胸が激しく上下して、ひどく苦しまれる。
<いったいどうなってしまうのだろう>
 左大臣(さだいじん)()はもちろん、桐壺(きりつぼ)(いん)もご心配なさっていた。お見舞いの使者がしょっちゅうやって来る。院がお祈りのことまであれこれと指示なさるのは恐れ多いことで、ますますここで亡くなってはもったいない。
 こんなふうに世間じゅうが葵の上の心配をしていると聞くと、六条の御息所はお心がざわざわする。これまでは特にお恨みになることもなかったのに、あの()(ごと)があってから、葵の上に対する感情が大きく変わってしまった。左大臣家ではまさかそれほどとはお思いになっていないのだけれど。
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