野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
 六条(ろくじょう)御息所(みやすんどころ)もやはりご体調がいつもと違う。場所を変えれば治る病気もあるから、別の屋敷に移ってお祈りなどをおさせになった。
 源氏(げんじ)(きみ)はさすがに心配で、重い腰を上げてお見舞いに行かれた。長い間お訪ねしなかったことをうまく言い訳なさる。それから(あおい)(うえ)のご懐妊(かいにん)のこともお話しになった。
「私はたいして心配していないのですが、むこうの両親が(おお)(さわ)ぎでおろおろしていますから、婿(むこ)としては放っておくわけにもいかないのです。もうしばらくはどうか大目(おおめ)に見てくださいますように」
 御息所(みやすんどころ)はいつもよりもお苦しそうだった。
<これだけご無沙汰(ぶさた)してしまっては当然だ>
 と源氏の君は同情していらっしゃる。

 しっくりこないまま一晩を過ごして、朝ぼらけのなか源氏の君はお帰りになる。そのお姿があまりに美しいので、御息所はやはり伊勢へは行けないような気がなさった。
<しかしご正妻にお子が生まれるのだから、ますます私の(かげ)(うす)くなるだろう。こうしてお待ちしていても(つか)れるばかりだ>
 一晩お会いになったことでかえってお心がざわついてしまう。
 日が暮れるころ、源氏の君から手紙が届いた。
「ここ何日か安定していた妻の病状がまた急に悪くなりまして、そばを離れられません」
 いつもの言い訳だと御息所はがっかりしながらも、返事をお書きになった。
「泣くことになる恋だと分かっていながら、涙どころか(どろ)(ぬま)にはまってしまいました。(おろ)かな自分が嫌になります。あなたのご冷淡(れいたん)さもつらくて」

 源氏の君はほれぼれとご覧になる。
<やはりご筆跡(ひっせき)はどなたよりも(すぐ)れていらっしゃる。理想の女性を選ぶというのは難しいものだな。人柄(ひとがら)も姿もそれぞれによいところがある。しかし決定的にこの人だという女性はいない>
 こちらはこちらでお苦しい。
 暗くなってから届いたお返事には、
<きっと私の方が深い泥沼(どろぬま)にはまっておりますよ。直接お話ししたいのですが、ひどく取りこんでおりまして>
 とあった。
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