野いちご源氏物語 〇九 葵(あおい)
 (あおい)(うえ)法要(ほうよう)は一段落したけれど、源氏(げんじ)(きみ)四十九日(しじゅうくにち)まで左大臣(さだいじん)(てい)にお(こも)りになる。ご退屈(たいくつ)だろうと心配した頭中将(とうのちゅうじょう)が、たびたびご機嫌(きげん)(うかが)いにいらっしゃった。
 話題が豊富な人だから、真面目(まじめ)な話もくだけた話もしてお(なぐさ)めになる。男好きな(ろう)女官(にょかん)典侍(ないしのすけ)のことも話題になさった。
「お気の毒ではないか。お年寄りをそんなふうに言ってはいけないだろう」
 源氏の君は笑いながら頭中将にご注意なさる。少しはご気分がまぎれるようだった。
 ふたりが取り合った女性といえば、典侍の他に常陸(ひたち)(みや)姫君(ひめぎみ)もいらっしゃる。もう四年も昔の話だった。今となっては(なつ)かしいと、何から何まで打ち明けて笑いあわれる。
 それでも最後には、どちらもふっと悲しいお顔をなさった。
「人生とは(さび)しいものですね」
「ええ、本当に」
 お互いにうなずきながらお泣きになる。

 時雨(しぐれ)が降る夕暮れ時、今日も頭中将は源氏の君の部屋へいらっしゃった。亡き(あおい)(うえ)兄君(あにぎみ)である頭中将は、もう(うす)い色の喪服(もふく)をお召しだった。男らしい快活(かいかつ)さがにじみ出ている。
 源氏の君は()(えん)の手すりにもたれて、(しも)()花壇(かだん)の草花をご覧になっているところだった。
 風が荒々しく吹いて、時雨が涙のように降りそそいだ。
「あなたはあの雲におなりでしょうか、それともこの雨でしょうか」
 独り言を言って頬杖(ほおづえ)をついていらっしゃるお姿が美しい。
<この人を残して死んだ女性の(たましい)は、あの世へ行けないのではないか。近くに(とど)まって、いつまでも見ていたくなってしまうだろう>
 頭中将はついじっとご覧になる。そばへ寄ってお座りになると、源氏の君は着物の(ひも)をさっと結んで直された。頭中将より少し濃い色の喪服で、わざと地味になさっているのが()()きない美しさだった。
 頭中将も空を見上げてごらんになる。
「どうでしょうね。どの雲が妹なのかな」
 こちらも独り言のようにおっしゃった。
「雲も空もずいぶん暗い。私の心のようです」
 源氏の君はつらそうにお返事なさる。

 頭中将は意外だとお思いになった。
<妹のことをそれほど愛しておいでだったのか。桐壺(きりつぼ)(いん)(ちち)大臣(だいじん)、それに大宮(おおみや)の手前、仕方なく妹のところにお通いになっているとばかり。勝手に同情していたが、妹をご正妻(せいさい)として、特別に思ってくださっていたのだ>
 ますます妹君の死がお悲しい。こうして考えると、葵の上は左大臣(さだいじん)()の光でいらっしゃった。
 頭中将がお帰りになった後、源氏の君は花壇から撫子(なでしこ)の花を折らせて、大宮に手紙をお書きになる。
「枯れてしまった花壇の根元にそっと咲いておりました。まるで姫君が(のこ)していかれた若君(わかぎみ)のようではございませんか」
 大宮は若君をご覧になる。無邪気(むじゃき)ににこにこしていておかわいらしい。ただでさえ涙もろくなっていらっしゃる大宮だから、こんな手紙に涙がこぼれないはずがない。
「若君を見るたびに泣いております。この幼さで母親を亡くした子も、この年になって娘を亡くした私も悲しくて」
 と返事をなさった。
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