怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「高階さん」

「……っ」
 
「貴女には、もっと自分のことを知ってほしいんです」

 愛してると言われた訳でもない。

 好きと言われた訳でもない。

 しかしそれは、優流からの愛の告白であるに他ならなかった。

 風が吹き、バラの甘い香りが鼻を掠める。甘い匂いは、異動を言い出せずにいた胸の痛みを優しく癒してくれた。

「……はい」

 私は優流の手のひらに手を重ねて、小さく頷いた。



「私……実は異動になったんです」

 家に帰ってから、私は優流に異動のことを告げた。優流は驚くこともなく、ただ頷いてくれた。

 夕食と入浴を終えた後、私たちはソファに並んで座って、映画のDVDを観ていた。私がようやく異動について口にしたのは、映画のエンドロールが流れ始めた時だった。

「まだ移動先は決まってないのですが、引っ越す前提で、ここから離れた場所になる予定です」

「……そうなんですね」

 映画を観るため薄暗くした部屋に、優流の声が寂しげに響く。彼は少し寂しそうな表情をしていたものの、それ以上何も言わなかった。
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