怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
「はー、笑った。……ふふっ」

「笑いすぎですよ」

 楽しい時間は本当にあっという間に過ぎていき、ランチを終えた私たちは店を出た。

 ひとしきり笑ったせいで、裁判を傍聴して硬くなっていた身体もすっかり解れていたのだった。

「すみません、ご馳走になっちゃって」

「いえ、気にしないでください」

 優流はこれから再び仕事のため、ここでお別れだ。

「じゃあ、御堂さん……」

 お仕事、頑張ってください。

 またぜひ、お昼ご一緒したいです。

 今度は私に、お茶代ぐらい出させてください。

 色んな別れ際の言葉が頭の中を駆け巡ったものの、私は言いかけて口を閉ざす。どのひと言も、馴れ馴れしく思えたのだ。

 私は本当の交際相手ではなく、偽の交際相手なのだから。

「高階さん、どうしましたか?」

「っ、いえ! なんでもないです!」

「それじゃあ、俺は仕事に戻りますので。帰りお気をつけて」

「は、はい、ありがとうございます」

 軽く会釈して、私たちは別れた。

 ……私、図々しく余計なことを喋りすぎたかしら?

 じわじわと込み上げる恥ずかしさをごまかすように、私は早足で駅へと向かった。
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