怜悧な裁判官は偽の恋人を溺愛する
 待ち合わせの時間にマンションのエントランスに降りると、優流は先に来ていた。

「おはようございます」

「おはようございます、じゃあ、行きましょうか」

 いつも通り挨拶を交わし、私たちは駅に向けて歩き出す。一見、いつもと変わらないように見えるものの、二人の間にはぎこちない空気が流れていた。

「昨日は大分雨に濡れてしまいましたけど、体調は大丈夫ですか?」

「っ、は、はい。お陰様で……。御堂さんも、風邪引いてませんか?」

「ええ、ご心配なく」

 そこまで話したところで、会話は途切れた。話を切り出すならば、今だろう。

 私は大きく息を吸って、口を開いた。

「御堂さん、昨日は……不躾なことをしてしまって、ごめんなさい」

 昨日の自分の態度で、優流が不快感を抱いていてもおかしくない。私はただただ平謝りした。

「どうか、謝らないでください。……驚かれても、仕方のないことですから」

 優流は私に怒りをぶつけることはなかったが、その声色はどこか寂しげであった。

「恥ずかしながら……自分は生まれつき、腕の広い範囲に痣があります。長袖を着ているのも、それを隠すためなんです」

「そう……だったんですね」

 誰にだって、他人に見られたくない場所はあるものだ。それを見てしまったと思うと、罪悪感がジワジワと込み上げてくる。

 しかし、話は意外な方向に転がっていったのである。
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