月とスッポン ありのままは難しい
日本の近代化の礎っていうのは
「幕末とは、江戸幕府の末期を指す時代で、一般的には1853年のペリー来航から、1868年の戊辰戦争までの期間の10年間を指します」
本線に入ったと思えば、大河が話し出す。
「1850年代の世界は、ヨーロッパで工業化が進み、欧米列強による植民地拡大が加速した時期で、イギリスはインドへの直接支配が始まります。
19世紀から20世紀初頭にかけて、中央アジアの覇権をめぐり大英帝国とロシア帝国の間で繰り広げられた政治的抗争、【グレートゲーム】の始まりです。
当時の日本は【鎖国】。と言っても江戸幕府はオランダ、中国、朝鮮の特定の国を除き、外国との貿易や交流を厳しく制限した政策を取っていましたが、他の国の情勢への情報が全く入ってこなかった訳でありませんでした。
ペリー来航よりも前から、ロシアの南下政策により日本の北方領土に対する領土的野心や、軍事的な圧力として感じられていましたので、日本として生き残るのか?それとも飲み込まれるのか?
待ったなしの状況だったと思います」
なかなか難しい話が始まった。
知識のない私は「へー」とか「そうなんだ」とだけ相槌を打つ。
「ロシアは広大な国土を持ちながらも、冬に港が凍ってしまう【不凍港】を持っていませんでした。
そのため、軍事、貿易上の拠点として、冬季に凍らない港を求めて南方へ進出する必要がありました。
不凍湾の確保はロシアにとって、17世紀末から悲願ですが、ヨーロッパやアメリカにとっては様々な要因が複合的に作用したことで、日本は経済的価値、地理的、国際政治的、そして内政的な観点から、本格的な占領に乗り出すにはコストが高すぎると判断され、占領による直接的な支配ではなく、不平等な通商条約を結ぶという形で間接的な影響力を行使するに十分だと判断されています。
しかし、間接的支配だけでは済まない事をインドから感じ取り、アヘン戦争で常に我が日本よりも強国の清が敗れた事に脅威を感じたと思われる維新の三傑こと西郷隆盛・大久保利通・木戸孝允の3人は日本として諸外国と立ち向かう為に日本の近代化を推し進めていくのです」
コーヒーで喉を潤す。
それに釣られて私もコーヒーを飲み、ふぅと息を吐いた。
「明治政府は、近代化に向けた欧米文化を積極的に取り入れることを推進します。
これを受けて、都市部は次々に変革されていきましたが、農村部では欧米文化はそれほど浸透せず、明治時代の文化は西洋的要素と東洋的要素、新旧織り交ざった独特の文化が形成されていきます。
そして明治時代中頃からは近代化による恩恵が実感できるようになり、国民自らが文化発展を目指したことも大きな特徴とされています」
「へー」
「当時のアジアの国々の中で、日本だけがなぜそうした体制転換、近代化という難業を成し遂げることができたのか。
アヘン戦争で清国がイギリスに敗れる、日本にもペリーがやってきて開国を迫られるという"西洋の衝撃"に直面したことで、日本人に「文明の力はこんなにも凄まじいのか」という強烈な自覚、「文明国に対抗するためには自分たちも文明化しなくてはならない」という正確な自画像が描かれた。この自画像が近代化の原動力になっていくわけです」
「ほう」
コンビナートの夜景から、山間部に入り暗闇へと変わっていく風景を、独演会をBGMに眺める。
豊田、岡崎と案内板が見えれば、いつかここで降りようと、そんな事ばかり考えながら、適当な相槌を続けた。
「当時の日本には、新しい体制でも活躍できる優秀な人材がたくさんいた事も大きいとされていますね。
江戸時代の地方分権的社会では、各藩が自律して独自の行政権や裁判権を持ち、それぞれに人材を育てていました。
地方で育まれた優秀な人材が、一旦緩急あればという事態になると一気に中央に集まり、旧体制をひっくり返し、猛烈なエネルギーで新体制を運営していったのです。
迅速な国家主導の変革と国民の学習意欲が、西洋技術を吸収し、短期間で近代化を成し遂げた理由だと思います。
逆に当時の清国や朝鮮が近代化に失敗したのは、古代的で中央集権的な専制国家だったからでしょうか。
日本の近代化の期間を厳密に定義するのは難しいですが、一般的には19世紀半ばの明治維新の1868年から、第二次世界大戦の終戦した1945年までの約80年間とされています。
ヨーロッパの近代化は数世紀にわたる複雑で長期的なプロセスでした。明確に『何年間』と示すことはできませんが、おおよそ15世紀末から18世紀末の約300年間が近世にあたり、その後、産業革命や市民革命によって近代が形成されていきました。
ヨーロッパの近代化は、単一の出来事ではなく、複数の要因が絡み合い、異なる速度で進行したのが特徴です。
アメリカの近代化の期間も明確に示す事はできませんが、主要な段階は1776年の独立革命から20世紀初頭にかけての、およそ100~150年間と考えることができます。
そう考えると日本の近代化は異様であり、異常です。しかし、それを成し遂げ、先進国に上り詰めた日本に生まれた事、誇りを感じます」