あの夏、君と最初で最後の恋をした

颯太と過ごす4日目の朝。
昨日に引き続き、今日も私はひとりで買い物に出ている。

やりたい事があると言う颯太にお願いされたら買い物くらいそりゃ喜んで引き受ける。
颯太のやりたい事を手伝えたらそれが1番だけれど、
颯太は大丈夫だからとしか言わない。

頼ってくれない事が寂しくて、自分が情けないけれど、
自分に出来る事をするのが颯太を応援する事だと思い直し、今日も私は日傘を差しスーパーへと歩く。

「あら、今日も買い物かしら?」

途中にふと話しかけられ思わず足を止める。
声のした方を見ると、玄関先で打ち水をしている女の人がいた。
穏やかな笑みを浮かべる女の人。

「はい、そこのスーパーまで」

「暑いから気をつけてね」

「ありがとうございます」

そう言って軽く会釈して歩き出そうとした瞬間、
女の人が急にふらついた。

「危ない!」

咄嗟に女の人を抱きとめ支える。
さっきは分からなかったけれど、よく見ると顔色があまり良くない。

「あ……、ありがとう。
ごめんなさいね、ちょっとふらっときて……」

「暑いし、熱中症かも知れません。
とりあえず家に入りましょう。
ここは日射しが強いから」

そう言ってそのまま女の人の身体を支えながら、私は一緒に家へと入った。

リビングの場所を教えてもらい、女の人を椅子に座らせる。

「ありがとうね、もう大丈夫だから……」

そう話す女の人は、エアコンの効いた室内だからか少し顔色は良くなっていた。
だけどまだしんどそうな感じで放っておけず、断りを入れて冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに入れて差し出す。

「……ああ、だいぶ楽になったわ」

ゆっくりと麦茶を飲み、大きく息を吐き出しそう言った女の人は、幾分か顔色が良くなっていた。

「良かったです。
暑いから気をつけて下さいね。
あ、でもまだしんどかったり気持ち悪かったら病院にいった方が……」

「ありがとう。
貴女の言う通り、ちょっと暑さにやられたのね。
涼しい部屋で休んだら大丈夫よ」

穏やかな笑みを浮かべる女の人に安心する。

「貴女、確か百合ちゃんの娘さんよね?」

「あ、はい。
母をご存じなんですか?」

「もちろん。
小さな町だからね、子どもはみんなで育てるのが昔はこの辺りじゃ当たり前だったから。
まだ小さな貴女を連れて百合ちゃんが挨拶に来てくれた事もあるのよ」

「そうだったんだ……。
何か不思議な感じです。
小さい頃に会っていたなんて」

「ふふ、貴女はいつも恥ずかしそうに百合ちゃんやお姉さんの後ろに隠れていたものね。
ああ、そう言えば同じ年頃の男の子も一緒だったわね。
今日は一緒じゃないの?」

「あ、えっと……、
今日はちょっと忙しくて……」

思わず返事に口ごもってしまう。
だけどその事にはあまり気にせず穏やかな笑みを浮かべたまま、女の人は話を続ける。

「ああ、でも嬉しいわね。
百合ちゃんの娘さんとこうしてお話出来るなんて。
ねぇ、アナタ」

そう、女の人は飾ってある写真に向かって話しかけた。

旦那さん、だろうか?
仲良さそうに良く似た穏やかな笑顔で2人が写真におさまっている。

「主人なの。
百合ちゃんの事も可愛がっていたわ。
私達には子どもがいなかったから。
だから毎年夏に貴女を見かけると孫が来たみたいで主人と勝手に喜んでいたのよ」

「そう、だったんですか……」

私の知らないところで、私の存在を喜んでくれていた人がいる、
それは何だかくすぐったくて暖かくて優しい気持ちにさせてくれた。

「ご主人さんは、今は……?」

「2年前に亡くなったわ。
病気だったけど、それは穏やかな顔で眠るように亡くなったのよ」

「ご、ごめんなさい!
立ち入った事聞いちゃって……」

「あら、大丈夫よ?
本当にね、苦しまずに穏やかに旅立てたから」

そう言って穏やかに笑う女の人。

……旦那さんの事本当に、大好きだったんだろうな。
だってたくさん飾ってある写真はどれも幸せそうで穏やかな笑顔の2人ばかりだ。


「……それでも、亡くなった後凄く凄く辛くて悲しくて、もう生きたくないとか、思わなかったですか?」

こんな事、聞いていいのか分からない。

だけど聞いてしまった。
聞きたかった。

大切で大好きな人を亡くして、
どうやってそんな風に思えるのか。

そう思えるまでに、
どれだけの涙があったのか。

この人に、
聞きたかった。


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