ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

提案

 夜。
 イザベラはベッドに腰かけ、サイドテーブルにメモ帳を置き、ペンを握る。

(これからの方針は……)

 まず大前提は何が何でも生き残ること。
 それについては魂の枷のお陰で問題ない。

 ヒロインが都へやってくるのは半年後だ。
 彼女は聖女であり、人を癒やす力を持ち、それがきっかけで攻略キャラたちとの関係を深めていく。

 攻略キャラたちはヒロインと一目見た瞬間から恋に落ち、そして闇が世界に忍び寄ってきた時、共に立ち上がり、冒険の旅へ出ることになるのだ。

 つまり、ヒロインとジークベルトが出会った瞬間、きっとイザベラへ離婚を求めてくるだろう。

 もちろん、応じる。

 しかしそれまではジークベルトに妻として寄り添おう。

 攻略キャラたちはそれぞれ心に闇を抱えている。
 その闇は、ヒロインにしか晴らせぬものだということは、百も承知。

 しかし彼の心に巣くう、本人も無自覚な闇を多少なりとも癒やす一助になりたい。

(せっかく妻になれたんだし、なにより推しだしね! せっかくそばにいるんだから、ちょっとくらいいいよね?)

 ジークベルトの闇は孤独。
 味方からも怖れられるほどの暗殺術を持つ彼は、幼い頃から心を許せる相手が存在しない。

 母親は彼を産むと同時に亡くなり、父親は親愛の情など一切見せず、彼が実の父からそうされたように、ジークベルトを最凶の猟犬に仕立て上げた。
 皇帝でさえ、彼を便利な道具以上の存在と見なしていない。

 彼もまた命ある限り、ただ職責を全うし、人知れず死ぬことを当然のことと受け入れている。

 決して狂わぬ精巧な時計のような完璧なジークベルト。

 しかし彼も気付かぬうちに、自分の命さえ軽んじるような、孤独が彼を蝕む。

(それから、離婚後の生活のためにお金も稼がないと)

 プランはすでに考えてある。
 付与魔法と前世の知識を活かしたアイディアグッズを販売して、資金を稼ぐつもり。

 きっとうまくいくはず。

「――お手柄だな」

 と、不意に耳元で声をかけられた。

「っ!!?」

 いきなりのことに、ベッドから転げ落ちそうになってしまう。
 イザベラは耳を押さえて、いつの間にかそばに立っていたジークベルトを見た。

「ど、どうしてご自分の屋敷なのに、バルコニーから侵入されるんですか!? 驚き過ぎて、心臓が爆発するかと思いました……!」

 ドキドキする心音を意識しながら、イザベラは叫ぶ。

「油断するな、と言いたかったんだよ。いつ何時、危険に見舞われるか分からないだろ? 常にある程度は気を張っていて悪いことはない」

「そ、それはどうかもしれないですが、ジーク様がすると、心臓に悪いんです……」

「何を書いてたんだ」

「ち、父への手紙です。元気にやっているって」

 それとなく手で手紙を隠す。

 良かった。
 前世の記憶のおかげか、紙にはこの国の言葉ではなく、日本語で書いていた。
 いくら彼があらゆる暗号解読ができる能力を持っていても、この世界に存在しない日本語は理解できないだろう。

「それで一体何なんですか、お手柄って……」

「うちに魔石を納入していた業者だ。あいつらが貴族を相手に大規模な詐欺をしていたんだ」

 やっぱりそうだったんだ。
 この手の事件は、ゲーム内で経験済みだ。

「無事に解決できて良かったです」

「それにしてもよく気づけたな」

「私の少ない魔力では補助魔法くらいしか使えませんから、かえってからくりに気づけたんだと思います。ジーク様や他の強い魔力を持った方々は、つい見落としがちになってしまいますからね」

「確かに。付与魔法をかけられても、そもそも魔石は魔力の塊だから、魔力を感じても何とも思わないな」

 じっとウルフアイで見つめられると、落ち着かなくなってしまう。

「おかえりはあちらです。ちゃんと扉から出ていってくださいね。それからこれからはちゃんとノックをお願いします。足音を殺して忍び寄るなんて、あなたがやると冗談では済まないので」

 肩をすくめる。

「覚えていたらな」

 ひとまず言われた通り、扉から出ていくようだ。

「ジーク様。提案なんですが、これからは一緒の部屋で過ごしませんか?」

「どうしてだ」

「私と寝室を分けたのは、素の姿を知られないためですよね? でももう私はあなたの素を知っている訳ですから、その必要はないはず。夫婦なんですからできる限り一緒にいたいんです」

「俺と一緒の部屋では過ごしたいのか?」

「夫婦なんですから。駄目ですか?」

 ヒロインと出会う前に、少しでも彼の心に寄り添えたら嬉しい。

「俺はどうでもいいから、好きなようにしろ」

「ありがとうございます。それじゃあ、明日からお願いします」

「ああ」

 ジークベルトは部屋を出ていった。

(頑張ろう!)

 イザベラはベッドにごろんと横になると、あっという間に眠りに落ちた。
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