口下手な海上自衛官は、一度手放した元許嫁に海より深い愛を捧ぐ
 ──八月上旬。

「つぐみ」

 延長保育の当番を終えたつぐみは、保育園から出てきたところで大好きな人から名前を呼ばれ、勢いよくその声がした方向へ駆け出していく。

「清広さん! お帰りなさい!」
「ただいま」

 愛する人の名を呼んだつぐみは、満面の笑みを浮かべて彼の胸に飛び込んだ。

「帰ってくるのは、お盆休みじゃなかったんですか……?」
「幹部候補生学校の夏休みは、始まりが早くてな。十七日まで休みだ」
「二週間も、一緒にいられるんですね……!?」
「ああ」
「嬉しいです……!」

 瞳を輝かせて子どものように大喜びしたつぐみは、灯油と下水道の匂いが入り混じった強烈な香りが、清広の身体から漂っていないことに気づく。

「潜水艦に乗らないと、体臭も変化するんですね……?」
「……そうだな。身を清めれば、自然と落ちていく。だが、完全には……」
「……今日は、磯の香りが強いです……」
「先週、遠泳だったからか?」
「海を泳いだんですね! あっ。ごめんなさい……」

 清広は守秘義務があるため、多くを語らない。

 つぐみは興味本位で聞いてしまったことを後悔したが、清広は愛する妻を安心させるように彼女の髪を優しく梳いた。
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