禍津神の刹那の恋 〜鬼に愛されながら、妖の身で人間へと恋をする〜
7.別れの時
私たちは、期間限定の恋人関係を楽しんだ。
彼と一緒に、公園の手漕ぎボートに乗った。
オールの扱いが下手で思ったように進まない彼は、照れくさそうに「上手くできるまで付き合ってくれるかな」なんて笑っていた。
ガラ空きの映画館で、隣にも座った。
手をつないで一緒に泣いて、一緒に笑った。彼が手に持つジュースのストローに口をつけて、飲む真似をした。
図書館で、彼がページを開くのを待ちながら一緒に本も読んだ。
私がまだ読んでいないかとチラチラ気にする彼に、トントンと指で手をつついてページをめくってもいいよと知らせた。
机に置いて育てたいと言う小さなサボテンを、視線だけでお互いに選んでよと譲り合った。
彼は大学の医学部に合格し――、しだれ桜の下に佇む彼の隣に私は並んだ。
この場所を、一生懸命彼が探していたことを私は知っている。人の……いない場所。
長い長い桜並木が近くにあり、人々はそこへ向かう。錆びついた遊具、伸びっぱなしの膝に届きそうなほどの雑草。誰からも忘れられたこの公園は、桜の木がそこにあるだけで郷愁を感じさせる。
「本当に……行ってしまうの? 紅羽」
「合格したのだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
「喜べない。俺は今だって紅羽に隠されたい」
ざぁと風が吹いて、桜が散っていく。
「私のいない世界で、幸せに。それが私の最後の願い」
「そんなのおかしいだろう!!!」
彼が絶叫した。
「禍津神は災いを与えるんだろう!? 幸せなんて祈るなよ! 隣にいられれば幸せだった。次もまた会えるって思ったから頑張れた。格好悪い俺なんて見せたくなかったから、やりたくもない勉強だって頑張った。友達だってつくった。紅羽に心配されたくなかったから。全部全部、紅羽のためだったんだ。隣で笑ってもらえていたら、それだけで幸せだったんだ。それしか……それしかないんだよ、俺には……紅羽……紅羽しか……愛しているんだよ……」
「私も愛しているわ、守人」
「あと一年でいい。厄災がどれだけ降りかかってもいい。側に、もっと側に……、月に一度なんかじゃなくて……」
「おしまいよ、守人」
涙で濡れた彼の頬を、両手で包み込む。
「ねぇ守人。最高の災いをあなたにあげるわ」
「紅……羽……?」
「あなた限定の、あなただけへの特別な災い。守人がそれを災いだと思ってくれるのなら、私は力を行使できる」
あの神社はやはり少しは荒廃したようで……私の持つ力も、あの時よりは強い。
「あなたの霊感、私が全て奪ってあげる」
「――――!」
「健康な身体で、長く生きていけるわ」
「そ……んな……それだけはやめてくれ! 紅羽、頼む……それだけは……っ。命だって捧げる、なんだってする……っ、だからそれだけは……頼むから……っ」
「愛しているわ、守人。いい人生を」
最後のキスは甘く、無数の桃色の花びらに囲まれて――、
「紅羽ぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
終わったあとにはもう、誰もいない。
――禍津神を見える人間は、誰も。
彼と一緒に、公園の手漕ぎボートに乗った。
オールの扱いが下手で思ったように進まない彼は、照れくさそうに「上手くできるまで付き合ってくれるかな」なんて笑っていた。
ガラ空きの映画館で、隣にも座った。
手をつないで一緒に泣いて、一緒に笑った。彼が手に持つジュースのストローに口をつけて、飲む真似をした。
図書館で、彼がページを開くのを待ちながら一緒に本も読んだ。
私がまだ読んでいないかとチラチラ気にする彼に、トントンと指で手をつついてページをめくってもいいよと知らせた。
机に置いて育てたいと言う小さなサボテンを、視線だけでお互いに選んでよと譲り合った。
彼は大学の医学部に合格し――、しだれ桜の下に佇む彼の隣に私は並んだ。
この場所を、一生懸命彼が探していたことを私は知っている。人の……いない場所。
長い長い桜並木が近くにあり、人々はそこへ向かう。錆びついた遊具、伸びっぱなしの膝に届きそうなほどの雑草。誰からも忘れられたこの公園は、桜の木がそこにあるだけで郷愁を感じさせる。
「本当に……行ってしまうの? 紅羽」
「合格したのだから、もっと嬉しそうな顔をしなさいよ」
「喜べない。俺は今だって紅羽に隠されたい」
ざぁと風が吹いて、桜が散っていく。
「私のいない世界で、幸せに。それが私の最後の願い」
「そんなのおかしいだろう!!!」
彼が絶叫した。
「禍津神は災いを与えるんだろう!? 幸せなんて祈るなよ! 隣にいられれば幸せだった。次もまた会えるって思ったから頑張れた。格好悪い俺なんて見せたくなかったから、やりたくもない勉強だって頑張った。友達だってつくった。紅羽に心配されたくなかったから。全部全部、紅羽のためだったんだ。隣で笑ってもらえていたら、それだけで幸せだったんだ。それしか……それしかないんだよ、俺には……紅羽……紅羽しか……愛しているんだよ……」
「私も愛しているわ、守人」
「あと一年でいい。厄災がどれだけ降りかかってもいい。側に、もっと側に……、月に一度なんかじゃなくて……」
「おしまいよ、守人」
涙で濡れた彼の頬を、両手で包み込む。
「ねぇ守人。最高の災いをあなたにあげるわ」
「紅……羽……?」
「あなた限定の、あなただけへの特別な災い。守人がそれを災いだと思ってくれるのなら、私は力を行使できる」
あの神社はやはり少しは荒廃したようで……私の持つ力も、あの時よりは強い。
「あなたの霊感、私が全て奪ってあげる」
「――――!」
「健康な身体で、長く生きていけるわ」
「そ……んな……それだけはやめてくれ! 紅羽、頼む……それだけは……っ。命だって捧げる、なんだってする……っ、だからそれだけは……頼むから……っ」
「愛しているわ、守人。いい人生を」
最後のキスは甘く、無数の桃色の花びらに囲まれて――、
「紅羽ぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
終わったあとにはもう、誰もいない。
――禍津神を見える人間は、誰も。