あばかれ、奪われる〜セフレから始まる歪愛〜
その後車を回してくると言った和泉さんを一時的に見送り、私は椅子に腰掛け視線を落とした。
那由多とは確かに何もない。…今は。
一度だけ、お酒の勢いでそういう事をした事はある。私はどうやら酒に酔うとかなりの泣き上戸になるらしい。
数年前、萌葉がお酒で潰れて先に彼女を送った後、2軒目に誘われそこで酔った勢いで泣きながら昔の事を散々ぶちまけてしまい、寄り添ってくれた那由多につい甘えてしまった。
けれどその時一度きり。翌朝正気に戻った私が今後のことを尋ねれば「何言ってんだ」と真顔で返され、聞けば私が一晩でいいから相手をして欲しいと懇願したらしい。
両親が外で飲むなと言ったのはこういう事だったのかと自覚すると同時に、互いにこの事は酒の過ちだと水に流すことにして以来、これまで通りの友人の関係を続けている。
因みに一夜の過ちについては、萌葉には言っていない。言えるわけがなかった。
今でも私は時折、眠れない日がある。
そんな日は決まって思い出す。楽しかった記憶なんて殆ど無いのに、それでも身を焦がすほどに溺れた恋を。私に愛を囁きながら他の女を抱く、あの酷い男の事を。
「……」
あの日以来一度だって会っていないし、今どうしているか、どこにいるかもわからない。
誰にも言えない恋だったから。
私達の関係を知っている人は誰も居ない。
ずっと私は待っている。この恋心が消えてくれる日を、その時を。
それでも未だ、私が想いを馳せるのは銀色の髪に目元の泣きぼくろが色気を放つ、舌にピアスなんて開けている少し頭のおかしい、けれど寂しくてたまらない、あの人だけなのだ。
ブブブ、と通知が鳴り和泉さんから外に出てこいと指示を受ける。
私はバッグを手に取り控室を出た。すれ違うスタッフ達に貼り付けた笑顔を向ける。共演者にも、女優の顔を崩さない。
心はあの日に置いてきた。今の私は、あの人の愛してくれた及川白雪なんかじゃ、決して無い。