それでは恋をはじめましょう
 「(ひいらぎ)さん、今度の土曜日って空いてる?」

 職場で面倒見のいい涼風(すずかぜ)先輩がご馳走してくれた缶コーヒーを受け取る私に、彼は『はい、どうぞ』と言う代わりのようにそう訊ねてきた。
 社内の自販機のそばで自分の缶コーヒーを開ける前に軽く振りながら、涼風先輩は微笑みを浮かべて返事を待っている。
 
 これは空いてなくても空いていると答える。
 いや無理やりにでも空けなくてはいけないだろう。
 面倒見がいいばかりではない。
 仕事が出来て、清潔感あふれる、さわやかな王子様ポジションの涼風先輩に予定を聞かれるなんて嫌でも期待をしてしまう。
 
「あ、空いてます!」
「じゃあ、俺とサッカー観に行かない?」
「サッ……」

 お誘いは期待通りなのに、『サッカー』という単語に思わず顔が引きつった。
 涼風先輩が学生時代サッカー経験者で、今もサッカーが大好きで試合観戦していることも、海外サッカーに詳しいことも職場では有名だ。
 かと言って、知識や経験をひけらかすこともないから涼風先輩の影響でサッカーに興味を持つ同僚もいる。
 私もその中の一人であり、試合のテレビ中継があれば見たりはするものの、いまだサッカーのルールも面白さについても、いまいち掴み切れていない。
 むしろサッカーを否定するかのように生きてきた野球好きである。
 しかし、今は憧れの涼風先輩からデートに誘われたようなものだ。
 断るという選択肢を選ぶのは寂しい。
< 1 / 3 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop