恋人同盟〜モテる二人のこじらせ恋愛事情〜【書籍化】
1回目の本番の時間になった。
人気バラエティー番組の司会者がスタジオから呼びかけ、リハーサル通りに中継が始まる。
だがリハーサルの時よりも、ゲストの混雑具合が増していた。

リポーターはカメラに向かって声を張りながら、徐々に移動する。
その時正面から、おしゃべりに夢中の女の子3人組が近づいて来た。
アシスタントもリポーターも、カメラに意識が向いていて気づかない。
このままだとぶつかる、というところで、弦はさり気なく手を伸ばして女の子達を止めた。

「お客様、失礼しました。こちらへ」

小声でささやき、それとなくカメラの反対方向へと促す。

「え、なに?きゃあ!イケメンー!」

弦はにこやかに人差し指を自分の唇に当ててから、カメラを指差す。

「あ、やだ。テレビ?ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

お辞儀をするとすぐさまリポーターの隣に戻る。
その後は滞りなく中継を終えた。

「氷室さん、実はSNSで話題になってまして……」

2回目の中継場所のキャナルガーデンに移動すると、ディレクターがスマートフォン片手に弦に話しかけてきた。

「さっきの中継で、氷室さんがお客さんをさり気なく止めたのが映り込んでたんですよ。それがかっこいいって」
「そうですか」

としか答えようがない。

「だから2回目の中継では、もっと氷室さんを映したいんですよねー。雪村さんが言うはずだったセリフも、全部氷室さんに変更していいですか?氷室さんをアップで抜いてしゃべってもらいたいんです」
「いえ、それは……」

すると横で聞いていためぐが口を開いた。

「そういうことでしたら、ご希望に添って。ね、氷室くん」

めぐの有無を言わさぬ真剣な表情に、弦は仕方なく頷いた。

リハーサルを終えると、すぐに本番の時間になる。
クラシカルヨーロピアンの建物に囲まれた大きな運河。
その周りは美しい花や緑の木々で彩られ、綺麗な景色をバックに写真を撮るゲストの笑顔が溢れていた。
そんなキャナルガーデンの様子をぐるりと捉えてから、カメラは弦をアップで映し始めた。

「ここキャナルガーデンでは、8月10日から8月31日までの期間、ランタンフェスティバルを開催いたします。運河の水面と夜空に浮かぶランタンの幻想的な世界を、どうぞお楽しみに。詳しくは『グレイスフル ワールド』の公式ホームページをご覧ください。皆様のご来園を心よりお待ちしております」
「いやー、イケメンの氷室さんに会えるのも楽しみですねー。皆さん、ぜひお越しください」

リポーターがコメントして、中継は無事に終わった。
弦とめぐは、パークの出口までクルーを案内する。

「今日はありがとうございました!SNSの反響もすごいです。イケメンの画力ってすごいですねー。またよろしくお願いします」

ご機嫌で帰って行くディレクター達を、弦とめぐは深々とお辞儀をして見送った。

「氷室くん」
「ん?なに」
「氷室くんがめちゃくちゃ仕事が出来る人だってことも、私達社員はみんな知ってるからね」

にっこり笑いかけてくるめぐに、弦は一瞬驚いてからふっと笑みをもらす。

「よし!今夜は飲みに行くか」
「いいねー、行こう!」

二人で笑いながら事務所に向かって歩き始めた。
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