君の心に触れる時

試練


春香は毎日のように病院で治療を受けていたが、体調は一向に回復の兆しを見せなかった。
どんなに頑張っても、薬や治療は効果を示さない。
医師たちは何度も検査を繰り返し、最善を尽くしていたが、春香の心臓は依然としてその機能を保つことができず、医師たちの顔もだんだんと深刻なものになっていった。

ある日、春香は蓮と共に病室で医師との話を聞いていた。医師は、春香の病状について説明した後、ついに告げた。


「春香さん、今の治療方法では、もう回復が難しい状況です。唯一の選択肢は、心臓移植です。」


その言葉が春香に重くのしかかった。

心臓移植。

それは、命をつなぐために必要な手術だが、同時に大きなリスクと不安が伴う。春香は一瞬、言葉が頭に入ってこなかった。蓮もその言葉に驚き、しばらく黙っていた。

「移植…」

春香は呟くようにその言葉を口にした。彼女の顔に浮かぶのは、恐れと混乱。
自分の体がもう限界に近いこと、そしてそのために他人の命を受け入れなければならないことが、春香には耐え難い現実だった。

「春香、心臓移植という選択肢は、決して簡単なものではない。でも、君が生きるためには、これしかない。」

蓮は春香の手を握りしめ、力強く言った。その言葉は、彼自身の胸にも重く響いていた。
心臓移植を受けることは、命が繋がる可能性が高い一方で、移植先の心臓が拒絶反応を示すこともある
。手術そのものも非常に高いリスクを伴う。しかし、他に方法はない。

「蓮…」

春香は涙をこらえながら、彼の手を握り返した。その手が暖かく、力強く感じられる。しかしその温もりの中に、春香はどこか自分が失ってしまうものを感じていた。

「怖いよ、蓮。もし手術がうまくいかなかったら…」

「大丈夫だ、春香。俺は君が生きるために、何でもする。」

蓮は春香の目を見つめ、必死に安心させようとした。その表情には、彼女を守りたいという強い意志が込められていた。

「でも、私がもし他人の命を受け入れて、もしうまくいかなかったら、どうしてこんなことをしてしまったんだろうって、きっと後悔する。あまりにもリスクが大きすぎる。」

春香の言葉には、心からの恐怖と戸惑いが感じられた。蓮はその気持ちを理解し、彼女の不安を受け入れた上で言った。

「確かにリスクはある。でも、君が生きるために、そのリスクを背負う価値があると思うんだ。俺は君が生きていてほしい、ずっと一緒にいたい。」

「蓮、でも…」

春香は何度も考え込んだ。彼女の頭の中で、いろんな思いが交錯していた。
生きるために、他人の命を受け入れる。それは、彼女が想像していた以上に重く、そして恐ろしい決断だった。

「春香、今、君にとって最も大切なのは、君の命だよ。」

蓮は優しく彼女の髪を撫でながら言った。その温かい手のひらに、春香は少しずつ自分の気持ちが整理されていくのを感じた。


「君が生きていることが、俺にとって何よりも大切だ。だからこそ、君が決めることを尊重する。君が心臓移植を受けることに決めるなら、俺は全力で支えるし、何があっても一緒にいる。」

その言葉が、春香の心に届いた。彼女はしばらく黙っていたが、最後に深呼吸をして、決意を固めた。

「蓮、私…移植を受けることを考えてみる。」

その言葉に蓮は驚き、そして嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、春香。」

蓮は春香の手を強く握り、心からの感謝の気持ちを伝えた。春香は少し笑顔を浮かべ、蓮に向かって頷いた。
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