君の心に触れる時
春香は必死に頑張ろうとしていた。心臓移植が必要だという現実を受け入れ、毎日少しずつでも治療を続けていた。
しかし、その努力にもかかわらず、心の中には不安と恐れが消えることはなかった。
「もうすぐだよ、春香。これだけ頑張れば、きっと移植に向けて動き出すから。」
蓮の言葉は優しく、いつも春香を励ましてくれた。だが、春香の心にはそれを素直に受け入れることができない何かがあった。
自分の病気がどれだけ深刻で、治療がどれだけ効果的であっても、最後には諦めることになるのではないかという恐怖がいつも心の底に潜んでいた。
そして、その不安が現実となる出来事が、突然やってきた。
その日、春香は朝の点滴を受けるために病院のベッドに横たわっていた。
看護師が担当してくれる予定だったが、今日はいつもと違う看護師が入ってきた。
顔を合わせた瞬間、春香はその看護師の目つきがどこか冷たく、無関心に感じられた。
「おはようございます。点滴の準備をしますね。」
その言葉だけを発した看護師は、無愛想に点滴を準備し始めた。しかし、春香の目にはその態度がどこか不愉快に映った。
「何か問題でも?」
春香が思わず尋ねると、看護師は一瞬だけ目を逸らし、冷たく答えた。
「問題?あなたがこのまま無駄に時間を過ごしていることが問題です。心臓移植だって、もうすぐの段階で手遅れになるかもしれないんだから。」
その言葉が胸に刺さった。春香は一瞬、言葉が出なかった。見知らぬ看護師のその冷徹な言い方が、あまりにも心に響いてしまった。
「そんな…」
「現実を見なさい。どうせ生きられないんだから、無理に治療しても無駄なんじゃない?」看護師は言い放った。
その一言が、春香の心を引き裂くように痛んだ。彼女はその看護師が本心で言ったのか、ただ無神経に言ったのか、わからなかった。しかし、その言葉は確かに春香を深く傷つけた。心臓移植に向けて必死に頑張っている自分が、まるで意味のないことのように感じられた。
春香はその言葉が頭から離れず、病室に戻るとすぐに蓮が来た。蓮はいつものように優しく微笑みかけ、春香に寄り添おうとした。
しかし、春香はその温かさを受け入れることができなかった。
「蓮、私はもう無理かもしれない。」
蓮が驚いて春香を見つめると、春香はその視線を避けた。
「何言ってるんだ、春香。君は頑張っているじゃないか、あと少しなんだ。」
「頑張っても、意味がないんだよ。」
春香は涙を浮かべ、声を震わせた。
「だって、どうせ無駄なんだって、あの看護師が言った…どうせ、私は生きられないって。」
「そんなこと言う奴の言葉なんか信じるな!君はちゃんと治療を受けている。無駄なんかじゃないんだ。」
蓮は必死に春香を励まそうとしたが、その言葉は春香の心には届かなかった。
「蓮、あなたは私を慰めようとしているだけでしょ?でも、どうせ結果は変わらないんだよ。心臓移植だって、手術だって、どれも無駄なんだ。」
春香は声を荒げ、涙を流しながら言った。
「君は、僕がどう支えても、それでもあきらめるって言ってるのか?」
蓮の声にも、少し怒りが滲んでいた。
「だって、どうしても信じられない。私がどれだけ治療しても、結局は無駄なんだ。どうして、あなたは私が生きると思ってくれるの?」
その言葉に、蓮はしばらく黙っていた。
蓮もまた、春香がどれだけ苦しんでいるのかを理解していた。しかし、彼の中で湧き上がる感情は、春香への無力感と、彼女を支えきれない自分への苛立ちだった。
それから蓮は春香とどう接したらいいかわからず、なかなか病室に訪れない日が続いた。