君の心に触れる時

その時、病室の扉が開いた。智己が駆け込んできたが、春香の状態を見て、彼の顔が急激に青ざめた。

「…春香！」

智己はすぐに駆け寄り、春香の肩を揺さぶった。
その動きに反応はない。
春香はもうほとんど意識がないようだった。血が止まらない。
息も、次第に弱くなっていく。智己は冷静に判断し、すぐに手を動かして応急処置を始める。

その時、蓮が慌てて駆け込んできた。
目の前に広がる光景に、彼の心は一気に冷たく凍りついた。

「春香！」

蓮は動揺し、春香に駆け寄ろうとしたが、智己が手を上げてそれを止めた。

「待て、蓮！お前が何をしても今は何もできない！冷静に、俺が処置してる間に、呼吸を整えて！」

蓮はその言葉に驚き、何も言えずに立ちすくんだ。
智己は手際よく春香の状態を確認し、呼吸を確保しようと必死に動いている。
しかし、その処置の手が震えていることに蓮は気づく。智己もまた、内心で焦りを抱えている。

「智己、どうしてこんなことに…？」

蓮は言葉を絞り出すように問いかけた。
智己は顔を上げ、蓮を睨んだ。

「お前、何をしてんだよ！」

その一言に、蓮はハッとした。智己の目には怒りが見えた。蓮はその目を避けることなく見つめ、言葉を発することができなかった。

「春香がこんな状態になったのは、お前が自分の気持ちに向き合わなかったからだろうが！
お前が彼女をどうしたいのか、どんなに悩んでいるのか分かってるけど、今必要なのは決断だ。
お前がどんなに迷っているのか、春香には何も関係ない！」

智己の言葉は、蓮の胸に深く突き刺さった。蓮は口を閉じたまま、ただ春香の顔を見つめることしかできなかった。自分が今までどれほど無力だったのか、痛いほど実感していた。

智己は次第に春香の出血を止め、彼女をできるだけ安定させようと必死に処置を続けた。そして、やがて緊張が走る中、智己が冷静に蓮に向かって言った。

「蓮、お前も手伝え。今からお前がするべきことは、春香を救うためにできることだ。」

蓮はその言葉を受けて、ようやく動き出した。
彼は震える手で春香の手を取った。春香の顔は蒼白で、目は開かず、ただ静かに横たわっている。

「春香…」

蓮は声をかけ、春香の手を握りしめた。その手が冷たく、命が遠くなっていくのを感じながらも、蓮は自分に言い聞かせた。

「春香…お願いだから、目を開けてくれ。俺を、信じてくれ。」

その時、春香の目が微かに動き、ほんの少しだけ目を開けた。蓮の手が震えていたが、春香の手をしっかり握りしめた。

「蓮…」

春香の声はか細く、ほとんど聞こえないほどだった。だが、蓮はその言葉を聞き逃さなかった。

「春香、しっかりしてくれ！」

その瞬間、智己が冷静に言った。

「蓮、彼女がどれだけ頑張っていると思ってるんだ？お前が迷っている間に、春香は必死に生きようとしているんだ。」

その言葉に、蓮は何も答えられなかった。自分の無力さ、そして彼女がどれだけ強く生きようとしていたのかを、今更ながら痛感していた。智己の手際よい処置が続き、春香は次第に呼吸が整い、体温が戻り始めた。

蓮は春香を見守りながら、震える手を彼女の額に優しく触れた。

「ごめん、春香…。僕がもっと強ければ、君をこんな目に合わせることはなかったのに…」

智己はそれを見て、少しだけ冷静になり、蓮を振り返った。

「今、君に必要なのは自分を責めることじゃない。春香を守ることだ。お前が彼女を支えるために、これからどうすべきかを考えろ。」

その言葉が、蓮の心に深く響いた。