野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 翌月には桐壺(きりつぼ)(いん)のご病気がいよいよ重くなった。世間じゅうが悲しんでいる。(みかど)ももちろん(ちち)院をご心配なさって、上皇御所へ行幸(みゆき)なさった。行幸、つまり帝のお出かけは特別なときしか行われない。それほど院の具合がお悪いということだった。
 桐壺院はすっかり心細そうなご様子で、帝に遺言(ゆいごん)をなさる。
東宮(とうぐう)をどうかよろしく。まだ物心(ものごころ)つくかどうかの幼さなのに、残して死んでいくのが心配です。あなたの異母弟(おとうと)ですから、十分気にかけてやってください。
 それから源氏(げんじ)(きみ)も。ただの貴族の身分にしてしまいましたが、こちらもあなたの異母弟に変わりありません。どんなことでもご相談相手になされませ。若いけれど頼りになる人です。ゆくゆくは天下を支える政治家になりましょう。そう思ったからこそあえて貴族にしたのです。皇族のままでは政治に関われませんからね。そういう私の考えと違う扱いはなさいませんように」
 他にもたくさんのご遺言があったけれど、私のような女房(にょうぼう)がぺらぺらと話すのは恐れ多い。

 帝もお悲しみになって、
「必ず(おお)せのとおりにいたします」
 と何度も約束なさった。美しい青年におなりになった帝を、院は満足そうにご覧になっていた。優しい父君(ちちぎみ)のお顔だった。
 しかしこんなときでも帝は帝で、自由にお振舞いになることはできない。時間になれば予定どおり内裏(だいり)にお帰りになる。かえって悲しみが増すようなお見舞いだった。
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