野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 近くに停められた乗り物の中では、斎宮(さいぐう)のお供(とも)をして伊勢(いせ)へ行く女房(にょうぼう)たちが待機(たいき)している。簾(すだれ)の下から出した着物の袖口(そでぐち)が目を引く。奥ゆかしく洒落(しゃれ)た色合いだった。交流のあった女房と個人的に別れを惜(お)しむ貴族もたくさんいる。

 斎宮の行列は暗くなってから大(だい)内裏(だいり)を出発した。二条(にじょう)の院(いん)の前を通っていかれるので、源氏(げんじ)の君(きみ)は無視できなくて、御息所(みやすんどころ)に手紙をお送りになる。
「私を捨てていかれるのですね。後悔(こうかい)なさいませんか」
 すっかり暗くなっていて、しかも出発直後のあわただしいときに届いたから、御息所は翌日の夜明け前に返事をお書きになった。
「どうでございましょう。いずれにせよ伊勢(いせ)にいる私のことなど、どなたも気になさりますまい」
 短くあっさりとした文面でも、あいかわらず筆跡(ひっせき)はお見事だった。
<もう少しご筆跡に優しさがあれば>
 最後まで恋人の欠点が気になってしまわれる。
 それでもやはり御息所との別れはお苦しい。霧(きり)が立ちこめた明け方の庭をぼんやりと眺(なが)めて、独(ひと)り言(ごと)をおっしゃった。
「どうか伊勢までご無事で。見送るときくらい、私とあなたの間の霧も晴れてほしいが」
 何日かは紫(むらさき)の上(うえ)の離れにも行かず、ご自分の部屋で寂(さび)しそうに沈(しず)んでいらっしゃった。まして御息所のお心は、どれほどおつらかったことでしょうね。
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