野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 源氏(げんじ)(きみ)は体調不良を口実(こうじつ)にお(とも)をなさらない。失礼させていただくというご挨拶(あいさつ)だけは、世間に(あや)しまれないようにさりげなくお伝えになった。(おう)命婦(みょうぶ)(べん)はお気の毒がっている。

 東宮(とうぐう)は六歳。かわいらしくご成長なさって、ひさしぶりに会えた(はは)中宮にまとわりついていらっしゃる。我が子を捨てて出家(しゅっけ)するのはおつらいけれど、内裏(だいり)の空気は完全に変わっていた。
 政治の実権は右大臣に移り、皇太后(こうたいごう)が中宮や東宮の弱みを探していらっしゃる。このままでは東宮のお立場まで(あや)うくなりかねない。
「もししばらくお会いしない間に私の姿が変わってしまったら、どうお思いになりますか」
 母中宮がお尋ねになると、東宮は中宮のお顔をじっと見つめてからおっしゃった。
「あの女官(にょかん)のようにですか。母君(ははぎみ)がそんなふうにおなりのはずがありません」
 無邪気(むじゃき)にお笑いになる。

 幼いご様子に中宮は涙がこぼれる。
「年をとって姿が変わるのではくて、髪を短くして黒い着物を着るのです。(あま)という女の僧侶(そうりょ)になるのですよ。今以上に、めったにお会いできなくなってしまいます」
 東宮は真剣なお顔になった。
「今だって長くお会いできないと(さび)しいのに」
 泣いているのを恥ずかしがってお顔をお(そむ)けになる。子どもの髪形に()ったお(ぐし)がゆらゆらと美しく()れた。優しいお目元など、成長なさるにつれて源氏の君そっくりになっていかれる。そのお美しさが、世間を恐れる中宮にはご心配でたまらない。
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