野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 源氏(げんじ)(きみ)東宮(とうぐう)を恋しく思っているけれど、中宮(ちゅうぐう)に対しては冷たい態度をとりつづけていらっしゃる。それはそれで退屈(たいくつ)なので、秋の景色を楽しめそうな郊外(こうがい)の寺にしばらく行くことになさった。
 紅葉(もみじ)がだんだんと色づいて野原の風情(ふぜい)もすばらしい。悩み事の多い都のことなど忘れてしまいそうなほどだった。
 優秀な僧侶たちを呼んで仏教の話をおさせになる。この世の(はかな)さをあらためてお感じになるけれど、やはり中宮への執着(しゅうちゃく)は捨てられそうにない。
<私のような者こそさっさと出家(しゅっけ)するべきなのに、うじうじ悩んで我ながらみっともないことだ>
 しかし出家しようと思えば、まず(むらさき)(うえ)のことが気にかかってしまわれる。

 めずらしく何日も紫の上と離れているので、頻繁(ひんぱん)に手紙をお書きになる。
「私に出家生活ができるだろうかとためしに寺へやって来ましたが、どうやら無理のようです。自分の()場所(ばしょ)ではないような気がして何かと心細く、二条(にじょう)(いん)に残してきたあなたが心配になってしまうのです」
 お心がありありと伝わって、紫の上はお泣きになる。
「私も一人で心細うございます」
 とだけ返事をお書きになった。

「字はたいそうお上手になった」
 源氏の君はぼそりとつぶやいて微笑(ほほえ)まれる。夫婦でいつも手紙のやりとりをなさるから、紫の上の筆跡(ひっせき)は源氏の君によく似ていた。そこへ優しい女らしさが加わっている。
<何もかもよい具合に育てられた>
 とひそかに満足していらっしゃる。
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