野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
(みかど)にご挨拶(あいさつ)をしておりました。遅くなりまして」
 源氏の君は中宮(ちゅうぐう)のところへ参上なさった。
<昔ならこんな月夜は音楽会をして華やかにお過ごしだったのに>
 桐壺(きりつぼ)(いん)の時代と比べて、源氏の君はお悲しい。
「実家で想像しておりました以上に、内裏(だいり)右大臣(うだいじん)一族の天下のようです。帝がお気の毒なほどで」
 中宮は女房(にょうぼう)を通じてこぼされた。ひさしぶりの中宮の気配(けはい)に、源氏の君は涙を流される。
「帝はあいかわらずお優しくていらっしゃいました。帝を自分の思いどおりにしようとする者たちが問題でございますね」
 政治家の顔でおっしゃる。

 中宮は東宮(とうぐう)を心配して、内裏から下がる前にいろいろな(こころ)(がま)えをお教えになる。しかし幼い東宮はそれほど深刻(しんこく)に受け取られない。いつもは早寝(はやね)なさるのに、
母君(ははぎみ)がお帰りになるまで起きていよう>
 と思っていらっしゃるらしい。中宮がお帰りになるときは、恨めしそうにしつつも、お立場をわきまえてまとわりつくことはなさらない。中宮は頼もしくも悲しくもお思いになる。
< 34 / 49 >

この作品をシェア

pagetop