野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 右大臣(うだいじん)孫君(まごぎみ)暴言(ぼうげん)は、あれから源氏(げんじ)(きみ)のお心に重くのしかかっていた。東宮(とうぐう)が源氏の君と中宮(ちゅうぐう)の秘密のお子である以上、まったく(まと)外れでもない発言だった。
 右大臣の姫君(ひめぎみ)である朧月夜(おぼろづきよ)尚侍(ないしのかみ)にも、もう長い間手紙をおあげになっていない。時雨(しぐれ)が降りそうな寒い日、尚侍から手紙が届いた。
「ずいぶんとお手紙をくださいませんね。木枯(こが)らしが運んできてくれないかしらとお待ちしておりますのに」
 人目(ひとめ)を気にして急いでお書きになったらしいのがいじらしくて、源氏の君はすぐに返事を書こうとなさる。紙も筆も(ねん)入りにお選びだから、
「いったいどなたにお書きになるのかしら」
 と女房(にょうぼう)たちはささやきあっていた。

「すっかり世間から見下された私では、手紙を送っても無視されてしまうだろうと遠慮(えんりょ)していたのです。まさか待っていてくださったとは。あなたに会えない苦しみをお分かりいただけますか。一緒に泣いてくださるなら救われる気がいたします」
 めずらしく弱気なことをお書きになる。こういう手紙は他の恋人たちからも届いている。そっけなくない程度に返事はしても、出かけていこうとはなさらない。
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