野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 お(とも)源氏(げんじ)(きみ)のお越しを伝えると、すぐに楽器の音がやんだ。女房(にょうぼう)たちの奥ゆかしい着物の音が聞こえてくる。
 御息所(みやすんどころ)ご自身はお出ましにならない。女房を通じてお話しなさるのを、源氏の君は物足りなくお思いになった。
「こんなふうに線をはっきりとお引きにならないでください。私の胸にあるものを、直接すべてお話ししたいのです」
 誠実そうにおっしゃるので、女房たちは源氏の君の味方をする。 
庭先(にわさき)に立たせたままではお気の毒でございます」
 御息所はお困りになる。
<そうは言っても、このような神聖(しんせい)な場所で恋人に会うなんて。女房たちに(しめ)しがつかないし、奥の部屋にいる姫宮(ひめみや)だってあきれてしまわれるだろう>
 嫌だけれど、はっきり断れるほどお気持ちは強くなかった。ため息をつきながらためらいがちにお出ましになる。その気配が奥ゆかしい。

「上がってよいとお許しいただけるのですね」
 御息所が縁側(えんがわ)まで出ていらっしゃったのを感じ取って、源氏の君は()(えん)にお上がりになった。とはいえ、ふたりの間には(すだれ)がかけられている。源氏の君から御息所のお姿は見えない。
 明るい夕月夜(ゆうづくよ)が照らす源氏の君は、たとえようもないほどお美しい。
<何か月もご無沙汰(ぶさた)しておいて、言い訳など恥ずかしいだけだ>
 簾の下から(さかき)の枝を差し出される。榊は神聖な場所に植えられている植物で、源氏の君は先ほど少しお手折(たお)りになっていた。
「私の気持ちはこの榊の葉の色のようにずっと変わっていません。だからこそこんな神聖な場所までやって来てしまったのです。お分かりいただけませんか」

「榊を恋人の家の目印とでも(かん)(ちが)いなさったのですか。()謹慎(きんしん)なことをおっしゃるのですね」
 御息所は冷たくおっしゃる。
「新斎宮(さいぐう)がいらっしゃるのですから、神様へのお(そな)(もの)の榊を差し上げたいと思っただけですよ」
 口説きにくい場所(ばしょ)(がら)ではあるけれど、源氏の君は食い下がって、簾のなかへ上半身を入れてしまわれる。
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