野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 まもなく地方官の人事(じんじ)異動(いどう)が発表される時期になった。下級貴族や役人たちは、少しでもよい官職(かんしょく)をいただきたいとそわそわしている。
 中宮(ちゅうぐう)も例年どおり何人かご推薦(すいせん)なさった。当然その人たちは期待して発表を待っていたのだけれど、今回の人事異動では中宮のご推薦は完全に無視された。
 ついに中宮は中宮として扱われなくなり、経済的な権利も止められてしまった。いくら出家(しゅっけ)なさったとはいえ、ふつうはこれほど急に待遇(たいぐう)が変わることはない。右大臣(うだいじん)が勝手にお決めになったことだった。
 残念だけれど、もう中宮とはお呼びできない。入道(にゅうどう)、つまり出家なさった人ということで、入道の宮とお呼びいたしましょう。

 入道の宮はこうなっていくことを予想していらっしゃった。しかし、お仕えしている人たちはそうはいかない。心細そうに悲しんでいるのが伝わって宮のお心が()れることもあるけれど、
<私はどうなっても東宮(とうぐう)のご将来だけはお守りしたい>
 と念じて仏教(ぶっきょう)修行(しゅぎょう)をなさる。東宮の出生(しゅっせい)の秘密が危険だった。本当の父親が源氏の君だと世間に知られたら、東宮は位を剥奪(はくだつ)され、当然帝にはおなりになれない。
 入道の宮は(ほとけ)様にお祈りになる。
<私が悪いのです。東宮の(つみ)ではありません。どうか私を(ばっ)して、東宮はお許しください>
 東宮のためのお祈りをなさるときだけはお心が(なぐさ)められる。
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