野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 (かみなり)がやんで、雨も少し弱くなった。尚侍を心配した右大臣(うだいじん)が部屋へ向かっていらっしゃる。しかし雨音のせいでその気配(けはい)が届かない。
「ひどい雷でしたね。大丈夫でしたか。()ずの(ばん)をしていた者はいましたか」
 いきなり(すだれ)を引き上げて、ずかずかと部屋へお入りになる。寝室の中で源氏(げんじ)(きみ)は思わず苦笑なさった。
<同じ大臣(だいじん)でも、左大臣(さだいじん)の立派で落ち着いたご様子とはまったく違うな>
 部屋に入りながら話しかけるなんてせわしないことを、身分の高い人はしない。

 しかし今はそれどころではない。かなり危険な状況だった。
 尚侍は寝室から出て、(ちち)大臣に返事をしようとなさる。そのお顔が赤いのを大臣は不審(ふしん)に思われた。
「また熱がぶり返したのではありませんか。もうしばらくお祈りを続けさせなければ」
 尚侍の着物になぜか男物(おとこもの)(おび)がからまっている。(あや)しんであたりを見回してごらんになると、手紙のようなものが部屋に落ちていた。
<あれは何だ>
 嫌な予感がする。
「誰が書いたものですか。よからぬものでは。私に見せなさい」
 尚侍はふり向いてはっとなさった。

 もうごまかせない。
 尚侍は何も言えないまま動転(どうてん)していらっしゃる。
 こんなとき、まともな父君(ちちぎみ)ならまずは姫君(ひめぎみ)のお気持ちを思いやってあげるべき。「父親に(めん)と向かって責められたら恥ずかしくなってしまうだろう」と、実の娘といえど気遣ってあげるのが貴族らしい優しさだった。
 しかし右大臣はそういうご性格ではない。せっかちでお考えも(あさ)はかだから、さっと証拠(しょうこ)の紙をつかむと、寝室の中を(のぞ)きこまれた。

 のんびりとくつろいだ男君(おとこぎみ)がいらっしゃる。横になったまま、今さら着物の(そで)でお顔をお隠しになった。
 右大臣は驚きのあまり何もおっしゃれない。ばたばたと皇太后(こうたいごう)の部屋に行かれた。尚侍は正気を失って死にそうな心地がなさる。
 ついに知られる日が来てしまった。源氏の君は恐ろしく思いながらも、尚侍をお(なぐさ)めになる。
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