野いちご源氏物語 一〇 賢木(さかき)
 そのころ朧月夜(おぼろづきよ)尚侍(ないしのかみ)は、ご病気で実家の右大臣(うだいじん)(てい)に下がっていらっしゃった。回復のお祈りが効いたので、右大臣家の人たちはどなたも安心なさる。
 源氏(げんじ)(きみ)はこの好機(こうき)をお(のが)しにならない。手紙をやりとりして毎夜のようにこっそり会いにいかれる。もともと華やかで美しい尚侍が、病気のせいでおやせになっているのも新鮮(しんせん)魅力(みりょく)だった。
 皇太后(こうたいごう)内裏(だいり)から右大臣邸に(さと)()がりなさっている。ご自分を(にく)んでいる皇太后も同じ屋敷にいらっしゃると思うと、源氏の君は背筋が寒くなる。しかし、そういう厄介(やっかい)な恋ほど夢中になってしまわれるのだもの。

 いくら人目(ひとめ)(しの)んでお会いになっても、これだけ頻繁(ひんぱん)だと何人かの女房(にょうぼう)は気づいている。それでも面倒(めんどう)(ごと)に巻きこまれるのを嫌がって、皇太后にご報告する人はいなかった。もちろん右大臣(うだいじん)もご存じない。
 ある日の明け方前、急に土砂(どしゃ)()りになって、(かみなり)が大きな音で鳴った。右大臣のご子息(しそく)たちや、皇太后係の役人が(さわ)がしく歩き回っている。
 あちこちに人目が多い上、おびえた女房たちが尚侍の寝室近くに集まったものだから、源氏の君は屋敷はおろか寝室からもお出になれない。そのまま朝になってしまった。寝室の周りは女房たちが囲んでいる。事情を知っている女房は、どうしたらよいか困っていた。
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