当て馬令嬢と当て馬騎士の恋


どのくらい歩いただろうか。庭園の中を歩き回って、ようやくエレノアは立ちどまり、ロレンスの腕を離した。

「……すみませんでした。あんな勝手なことを言って、ロレンス様の腕を勝手に掴んで、ここまで連れてきてしまって。ご迷惑でしたよね」

 フフッとエレノアが微笑むと、ロレンスはエレノアを見て苦しそうな顔をする。

(そんな顔しないでください、そんな顔されたら辛くなってしまう)

 エレノアは泣いてしまわないように必死に笑顔をロレンスに向けている。そんなエレノアを、ロレンスは静かに優しく抱きしめた。

「……ありがとう。俺が辛くないように、あの場から連れ出してくれて。あんな風にはっきり言えるあなたは、とてもかっこよかった。でも、辛いのは、あなただって同じだろう、エレノア嬢」

ロレンスの肩が少しだけ震えている。もしかしたら泣いているのかもしれない。エレノアも、ロレンスの腕の中で静かに涙を流していた。





 その後、二人は近くにあったガゼボに座っていた。ふわり、と夜風に花の柔らかい良い香りが紛れ込む。

「ロレンス様、社交パーティーなのに騎士服なのですね」
「ああ、俺は今日ここの警護を頼まれたんだ。騎士として参加している」
「なるほど、そうだったんですね」

 ふと、エレノアは気になったことを口にしてみる。

「騎士様なのに、あの日あのような場所にいらっしゃっていたのですか?」
「ああ、あそこには偵察に行っていたんだ。あの場所で最近、飲み物に睡眠薬を入れて御令嬢を攫っていく人攫いの事件が起きていて、それの調査を兼ねてたんだけど、君が狙われていたから助けたんだ」

 ロレンスの言葉に、エレノアは心臓がヒュッと縮こまる。ロレンスに助けられていなければ、もしかしたら自分は人攫いに連れて行かれていたかもしれない。

「助けてくださって、本当にありがとうございました」
「いや、当たり前のことをしただけだよ。そういえば、朝君が起きたら騎士団で保護しようと思っていたんだけど、君がいつの間にかいなくなっていてびっくりした。でも君が無事に帰っていたみたいでよかったよ」
「あっ……勝手にいなくなってすみませんでした。でも、なぜか逃げなきゃと思って。本当にすみません」

 エレノアの言葉に、ロレンスはくすくすと笑っている。仮面なしのロレンスは、やはり随分と綺麗な顔立ちをしている。思わずその笑顔に見惚れていると、ロレンスがエレノアの視線に気づいてエレノアを見る。ルビーのような美しい瞳に射抜かれて、エレノアは思わず目線を逸らした。

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