拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
大事な人とのバレンタインデー
――今年も大晦日がやってきた。
でも、この辺唐院家には「家族みんなで大掃除」や「お正月の準備」という概念は存在しない。そういうことはすべて、家政婦の由乃さんやメイドさんなどの使用人の仕事となっているから。
そのため、珠莉の家族や純也さん、親族は今日もみんな思い思いに過ごしている。……もっとも、愛美と純也さんは「何か手伝うことはありますか?」と由乃さんに声をかけては「これは私どもの仕事でございますから」とことごとく断られたので、「いいのかなぁ?」とちょっと申し訳ないような気持ちでいたのだけれど……。少なくとも貧乏性の愛美は。
(やっぱりさやかちゃんのお家とは違うんだなぁ……。なんか落ち着かない)
そんなわけで、愛美は部屋にこもって自分のノートパソコンで長編の原稿を執筆していたのだけれど。お昼前になって、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「――はい」
「あ、俺だよ。純也だけど」
「待ってね、今開けるから」
ドアを開けると、普段着ではなく外出用の服装をした純也さんが立っている。対して愛美は、部屋着ではないもののちょっと外出には向かないような格好をしていた。そして、パソコンの執筆画面も開きっぱなしだ。
「……愛美ちゃん、ごめん。原稿書いてたか。ジャマしちゃったかな」
「ううん、そんなことないけど。純也さん、どうしたの?」
「今日ヒマだし、二人でどこか出かけないか? ……って誘いに来たんだけど。愛美ちゃん、仕事中ならやめとこうか?」
どうやらデートのお誘いに来てくれたのに、彼に気を遣わせてしまったらしい。愛美だって本当は他にやることがないから執筆をしていただけで――学校の冬休みの宿題はとっくに終えていたので――、気分転換も必要だ。それが大好きな人とのデートなら何も言うことはない。
「ううん、行きたい! わたしもそろそろ息抜きしようと思ってたところなの。じゃあ、ちょっと着替えたいから……」
今の格好のままで出かけるのはちょっと気が退ける。でも、愛美はお年頃の女の子なので、男の人の前では着替えにくい。それが恋人だとしても、である。
「分かった。じゃあ俺は、着替えが終わるまで廊下で待ってるから。着替え終わったら声かけてね」
「うん」
純也さんが部屋を出てから、愛美はしばし服選びに悩む。
今日は初デートというわけではないから、そんなにバッチリオシャレをする必要もないだろう。というわけで、今日は赤いタートルニットにチェック柄のロングスカート、そして黒のタイツにコートの組み合わせに決めた。足元はいつものブーツで、髪はブラッシングするだけにとどめ、あとは珠莉ちゃんからもらった口紅を塗って支度は完了。
「――純也さん、お待たせ! 支度できました!」
「……うん、今日も可愛いね。じゃ、行こっか」
――というわけで、二人は今年最後のデートに出かけることになった。
* * * *
今日の行き先は、数日前に時間の都合で行けなかった〈東京ソラマチ〉に決まった。
七階のフードコートで昼食を摂り、五階まで下りて水族館へ。愛美は可愛いペンギンたちやオットセイたちに癒された。
その後はショッピングを楽しんで、カフェでお茶をして、四階からスカイツリーの天望デッキへ上がった。
「こないだとは違って今日は空いてるねー。やっぱり大晦日だから?」
「だろうね。大掃除とか新しい年を迎える準備とかでみんな忙しいんだろうな。今日ここに来てるのはもう新年を迎える準備が済んでる人たちか、人任せにしてるヒマ人くらいのもんだ。……あ、俺たちもか」
「……確かに」
純也さんが最後に付け足した一言に、愛美は思わず吹き出した。
「純也さん、それって思いっきり自虐だよね」
「うん……、そうなるよな」
二人とも、本当は何か手伝いたかったのに断られたため、暇を持て余していただけなのだ。決して自分たちの意思で暇になっているわけではない。
「――去年の大晦日はどうだったの? さやかちゃんの家で冬休みを過ごしたんだよね」
「うん……。でも、あれ? わたし、純也さんにその話……。あ、そっか。珠莉ちゃんから聞いたんだ?」
「まあ、そんなところかな」
(ウソばっかり。ホントは知ってたくせに)
愛美は心の中でツッコみつつ、口に出しては言わなかった。
「さやかちゃんのお家ではね、大晦日は大掃除とかおせちを作るのを手伝わせてもらって、夜はみんなで紅白歌合戦を観て、除夜の鐘を聞いてから寝たんだよ」
「そっか。うん、定番の大晦日の過ごし方だな。ウチはみんな紅白観たりっていう習慣がないからなぁ。そもそもTV自体あんまり観ないし。普段通りに過ごして、何となく年が明けてる感じ」
「そうなんだ……。純也さんもそうなの?」
「いや、俺は毎年、紅白からの音楽番組で年越してるよ。俺の部屋にもTVあるから、今晩一緒に紅白観ようよ」
「えっ、いいの?」
純也さんからの提案に、愛美は喜ぶよりも先に戸惑った。
彼が紳士だと分かってはいるけれど、恋人とはいえ大人の男性と同じ部屋に二人きり……。これでドキドキしない方がどうかしている。
「もちろんいいよ。あ、愛美ちゃん、安心しなよ。俺はちゃんと常識あるから」
「……うん」
そういうシチュエーションになるのは二度目だ。夏にそのシチュエーションになった時に、愛美は純也さんから初めてキスをされたのだ。
でも、この辺唐院家には「家族みんなで大掃除」や「お正月の準備」という概念は存在しない。そういうことはすべて、家政婦の由乃さんやメイドさんなどの使用人の仕事となっているから。
そのため、珠莉の家族や純也さん、親族は今日もみんな思い思いに過ごしている。……もっとも、愛美と純也さんは「何か手伝うことはありますか?」と由乃さんに声をかけては「これは私どもの仕事でございますから」とことごとく断られたので、「いいのかなぁ?」とちょっと申し訳ないような気持ちでいたのだけれど……。少なくとも貧乏性の愛美は。
(やっぱりさやかちゃんのお家とは違うんだなぁ……。なんか落ち着かない)
そんなわけで、愛美は部屋にこもって自分のノートパソコンで長編の原稿を執筆していたのだけれど。お昼前になって、コンコンと部屋のドアがノックされた。
「――はい」
「あ、俺だよ。純也だけど」
「待ってね、今開けるから」
ドアを開けると、普段着ではなく外出用の服装をした純也さんが立っている。対して愛美は、部屋着ではないもののちょっと外出には向かないような格好をしていた。そして、パソコンの執筆画面も開きっぱなしだ。
「……愛美ちゃん、ごめん。原稿書いてたか。ジャマしちゃったかな」
「ううん、そんなことないけど。純也さん、どうしたの?」
「今日ヒマだし、二人でどこか出かけないか? ……って誘いに来たんだけど。愛美ちゃん、仕事中ならやめとこうか?」
どうやらデートのお誘いに来てくれたのに、彼に気を遣わせてしまったらしい。愛美だって本当は他にやることがないから執筆をしていただけで――学校の冬休みの宿題はとっくに終えていたので――、気分転換も必要だ。それが大好きな人とのデートなら何も言うことはない。
「ううん、行きたい! わたしもそろそろ息抜きしようと思ってたところなの。じゃあ、ちょっと着替えたいから……」
今の格好のままで出かけるのはちょっと気が退ける。でも、愛美はお年頃の女の子なので、男の人の前では着替えにくい。それが恋人だとしても、である。
「分かった。じゃあ俺は、着替えが終わるまで廊下で待ってるから。着替え終わったら声かけてね」
「うん」
純也さんが部屋を出てから、愛美はしばし服選びに悩む。
今日は初デートというわけではないから、そんなにバッチリオシャレをする必要もないだろう。というわけで、今日は赤いタートルニットにチェック柄のロングスカート、そして黒のタイツにコートの組み合わせに決めた。足元はいつものブーツで、髪はブラッシングするだけにとどめ、あとは珠莉ちゃんからもらった口紅を塗って支度は完了。
「――純也さん、お待たせ! 支度できました!」
「……うん、今日も可愛いね。じゃ、行こっか」
――というわけで、二人は今年最後のデートに出かけることになった。
* * * *
今日の行き先は、数日前に時間の都合で行けなかった〈東京ソラマチ〉に決まった。
七階のフードコートで昼食を摂り、五階まで下りて水族館へ。愛美は可愛いペンギンたちやオットセイたちに癒された。
その後はショッピングを楽しんで、カフェでお茶をして、四階からスカイツリーの天望デッキへ上がった。
「こないだとは違って今日は空いてるねー。やっぱり大晦日だから?」
「だろうね。大掃除とか新しい年を迎える準備とかでみんな忙しいんだろうな。今日ここに来てるのはもう新年を迎える準備が済んでる人たちか、人任せにしてるヒマ人くらいのもんだ。……あ、俺たちもか」
「……確かに」
純也さんが最後に付け足した一言に、愛美は思わず吹き出した。
「純也さん、それって思いっきり自虐だよね」
「うん……、そうなるよな」
二人とも、本当は何か手伝いたかったのに断られたため、暇を持て余していただけなのだ。決して自分たちの意思で暇になっているわけではない。
「――去年の大晦日はどうだったの? さやかちゃんの家で冬休みを過ごしたんだよね」
「うん……。でも、あれ? わたし、純也さんにその話……。あ、そっか。珠莉ちゃんから聞いたんだ?」
「まあ、そんなところかな」
(ウソばっかり。ホントは知ってたくせに)
愛美は心の中でツッコみつつ、口に出しては言わなかった。
「さやかちゃんのお家ではね、大晦日は大掃除とかおせちを作るのを手伝わせてもらって、夜はみんなで紅白歌合戦を観て、除夜の鐘を聞いてから寝たんだよ」
「そっか。うん、定番の大晦日の過ごし方だな。ウチはみんな紅白観たりっていう習慣がないからなぁ。そもそもTV自体あんまり観ないし。普段通りに過ごして、何となく年が明けてる感じ」
「そうなんだ……。純也さんもそうなの?」
「いや、俺は毎年、紅白からの音楽番組で年越してるよ。俺の部屋にもTVあるから、今晩一緒に紅白観ようよ」
「えっ、いいの?」
純也さんからの提案に、愛美は喜ぶよりも先に戸惑った。
彼が紳士だと分かってはいるけれど、恋人とはいえ大人の男性と同じ部屋に二人きり……。これでドキドキしない方がどうかしている。
「もちろんいいよ。あ、愛美ちゃん、安心しなよ。俺はちゃんと常識あるから」
「……うん」
そういうシチュエーションになるのは二度目だ。夏にそのシチュエーションになった時に、愛美は純也さんから初めてキスをされたのだ。