拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
(えーっと、コレ全部でいくらかかるの?)
彼女はメニューに書かれた価格とにらめっこしながら、頭の中で電卓を叩いてみた。
(イチゴタルトが六百五十円、シフォンケーキが四百円、マドレーヌが百五十円、チョコアイスが二百円、紅茶が四百五十円。これを二倍すると……、三千七百円! 一人前で千八百五十円!?)
先ほども言ったけれど、愛美は現在金欠である。「自分の分だけでも払おう」と思っていたけれど、この金額ではそれもムリだ。
「純也さん……。ちょっと頼みすぎじゃないですか?」
「大丈夫だよ。支払いは僕が持つって言っただろう? それに、僕は甘いものが好きでね。いつもこれくらいの量は平らげちゃうんだ」
「はあ、そうですか。――じゃあせめて、珠莉ちゃん呼びましょう。そろそろ補習も終わる頃だと思うんで」
愛美がポケットからスマホを取り出し、珠莉に連絡を取ろうとすると、純也に止められた。
「いや、いいよ。高校生がカフェインを摂りすぎるのはよくないし、あまり姪には気を遣わせたくないんだ」
「あの……、それ言ったらわたしも同じ高校生なんですけど」
今日知り合ったばかりの相手なのに、ついツッコミを入れてしまう愛美だった。
「……ああ、そうだったね。でも、それは建前で、本当は僕、あの子が苦手でね」
「えっ、そうなんですか? 身内なのに?」
純也の思わぬ言葉に、愛美は目を丸くした。仮にも姪の友人に対して、何というカミングアウトだろう。
「うん。珠莉は小さい頃からワガママで、僕の顔を見るなり小遣いの催促をしてきて。その頃から『可愛くない子だな』と思ってたんだ」
(……やりそう。あの珠莉ちゃんなら)
入寮の日の一件を目の当たりにしていた愛美である。自分の部屋が一人部屋ではないことが気に入らないと、学校職員にかみついていた彼女なら、幼い頃からワガママだったと聞いても納得できる。
……けれど。
「そんなこと、わたしに言っちゃっていいんですか?」
愛美の口から、珠莉の耳に入るかもしれないのに。
「ハハハッ! マズいかな、やっぱり。珠莉にはこのこと内緒で頼むよ」
「はい、分かってます」
純也は話していると楽しい人物のようだ。愛美も自然と笑顔になった。
そして何故か、愛美は彼に対して妙な懐かしさのような感情をおぼえた。
「――でも、いいなあ。その年でもうやりたいことがあるなんて。正直羨ましいよ。僕は経営者の一族に生まれたせいで、夢なんて持たせてもらえなかったからね」
注文したものがテーブルに届き、紅茶をストレートで飲みながら、純也がしみじみと言った。
「えっ? じゃあ純也さんも社長さんなんですか? そんなにお若いのにスゴいですね」
〈辺唐院グループ〉の一員ということは、当然そうなるだろう。――もっとも、ここにいる彼は一見そう見えないのだけれど。
「いやあ、僕はそんなに大したもんじゃないよ。グループの一社の経営を任されてるだけでね。でも、僕の好きなようにはさせてもらってるよ。身内はうるさいけどね」
彼は淡々と語っているけれど、それって他の親族たちから浮いているということじゃないだろうか? 疎外感を感じたりしないのだろうか? ――愛美はそう考えた。
(ある意味、この人もわたしと同じなのかも)
「そもそも、ウチの親族は僕のことをあんまりよく思ってないみたいなんだ。でも愛美ちゃんは、亡くなったご両親からちゃんと愛されてたみたいだね」
「……えっ? どうして分かるんですか?」
思いがけないことを言われ、愛美は目を瞠った。
彼に自分の亡き両親と面識があったとは、とても思えないのだけれど。
「珠莉から教えてもらったんだけど、愛美ちゃんの名前って〝愛されて美しい〟って書くんだよね? そんなキレイな名前、君のことを大事に思ってなければ付けられないよ、きっと」
「……はあ」
「ほら、『名前は両親が我が子に与える最初の愛情だ』っていうだろう? 〝愛美〟って名前、すごくステキだね。僕は好きだな」
「あ…………、ありがとうございます」
(なんか……すごく嬉しい。お父さんとお母さんのこと、こんなに褒めてもらえて)
それに……、愛美は純也に初めて会った時から、心が妙にザワザワするのを感じていた。
まだ名前も分からないこの感情は、一体何なんだろう――? と。
「こんなに可愛い一人娘を遺して亡くなってしまって。ご両親はさぞ無念だったろうなあ……」
「…………可愛いだなんて、そんな。でも嬉しいです」
(――あ、まただ。何だか胸がキュンって。コレって何? わたし、どうなっちゃってるの?)
彼に優しい言葉をかけられるたび、笑いかけられるたびに、愛美の心はザワつく。
でも、それは決して不快ではなくて。むしろ心地よい感覚だった。
* * * *
――信じられないことに、注文した品を二人がすっかり平らげてしまった頃。
「すみません、純也さん。わたし、ちょっとお手洗いに」
「ああ、うん。どうぞ」
――ものの数分で愛美が戻ってくると、純也はスマホに誰かからの電話を受けていたようで、せわしなく通話を終えようとしているところだった。
「愛美ちゃん、すまない。僕はここの支払いを済ませたら、急いで帰らなきゃならなくなったんだ。だから今日、珠莉に会う暇がなくなった」
「えっ、そうなんですか? 大変ですね」
純也は急いで席を立つと、レジで二人分の支払いをしてくれた。愛美も後ろからついていく。
「愛美ちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ。珠莉によろしく伝えておいてくれるかな?」
「はい、もちろんです」
「よろしく頼むよ。じゃあまた」
「……はい。また」
純也は車が迎えに来るらしく、駆け足で校門の方まで行ってしまった。
彼女はメニューに書かれた価格とにらめっこしながら、頭の中で電卓を叩いてみた。
(イチゴタルトが六百五十円、シフォンケーキが四百円、マドレーヌが百五十円、チョコアイスが二百円、紅茶が四百五十円。これを二倍すると……、三千七百円! 一人前で千八百五十円!?)
先ほども言ったけれど、愛美は現在金欠である。「自分の分だけでも払おう」と思っていたけれど、この金額ではそれもムリだ。
「純也さん……。ちょっと頼みすぎじゃないですか?」
「大丈夫だよ。支払いは僕が持つって言っただろう? それに、僕は甘いものが好きでね。いつもこれくらいの量は平らげちゃうんだ」
「はあ、そうですか。――じゃあせめて、珠莉ちゃん呼びましょう。そろそろ補習も終わる頃だと思うんで」
愛美がポケットからスマホを取り出し、珠莉に連絡を取ろうとすると、純也に止められた。
「いや、いいよ。高校生がカフェインを摂りすぎるのはよくないし、あまり姪には気を遣わせたくないんだ」
「あの……、それ言ったらわたしも同じ高校生なんですけど」
今日知り合ったばかりの相手なのに、ついツッコミを入れてしまう愛美だった。
「……ああ、そうだったね。でも、それは建前で、本当は僕、あの子が苦手でね」
「えっ、そうなんですか? 身内なのに?」
純也の思わぬ言葉に、愛美は目を丸くした。仮にも姪の友人に対して、何というカミングアウトだろう。
「うん。珠莉は小さい頃からワガママで、僕の顔を見るなり小遣いの催促をしてきて。その頃から『可愛くない子だな』と思ってたんだ」
(……やりそう。あの珠莉ちゃんなら)
入寮の日の一件を目の当たりにしていた愛美である。自分の部屋が一人部屋ではないことが気に入らないと、学校職員にかみついていた彼女なら、幼い頃からワガママだったと聞いても納得できる。
……けれど。
「そんなこと、わたしに言っちゃっていいんですか?」
愛美の口から、珠莉の耳に入るかもしれないのに。
「ハハハッ! マズいかな、やっぱり。珠莉にはこのこと内緒で頼むよ」
「はい、分かってます」
純也は話していると楽しい人物のようだ。愛美も自然と笑顔になった。
そして何故か、愛美は彼に対して妙な懐かしさのような感情をおぼえた。
「――でも、いいなあ。その年でもうやりたいことがあるなんて。正直羨ましいよ。僕は経営者の一族に生まれたせいで、夢なんて持たせてもらえなかったからね」
注文したものがテーブルに届き、紅茶をストレートで飲みながら、純也がしみじみと言った。
「えっ? じゃあ純也さんも社長さんなんですか? そんなにお若いのにスゴいですね」
〈辺唐院グループ〉の一員ということは、当然そうなるだろう。――もっとも、ここにいる彼は一見そう見えないのだけれど。
「いやあ、僕はそんなに大したもんじゃないよ。グループの一社の経営を任されてるだけでね。でも、僕の好きなようにはさせてもらってるよ。身内はうるさいけどね」
彼は淡々と語っているけれど、それって他の親族たちから浮いているということじゃないだろうか? 疎外感を感じたりしないのだろうか? ――愛美はそう考えた。
(ある意味、この人もわたしと同じなのかも)
「そもそも、ウチの親族は僕のことをあんまりよく思ってないみたいなんだ。でも愛美ちゃんは、亡くなったご両親からちゃんと愛されてたみたいだね」
「……えっ? どうして分かるんですか?」
思いがけないことを言われ、愛美は目を瞠った。
彼に自分の亡き両親と面識があったとは、とても思えないのだけれど。
「珠莉から教えてもらったんだけど、愛美ちゃんの名前って〝愛されて美しい〟って書くんだよね? そんなキレイな名前、君のことを大事に思ってなければ付けられないよ、きっと」
「……はあ」
「ほら、『名前は両親が我が子に与える最初の愛情だ』っていうだろう? 〝愛美〟って名前、すごくステキだね。僕は好きだな」
「あ…………、ありがとうございます」
(なんか……すごく嬉しい。お父さんとお母さんのこと、こんなに褒めてもらえて)
それに……、愛美は純也に初めて会った時から、心が妙にザワザワするのを感じていた。
まだ名前も分からないこの感情は、一体何なんだろう――? と。
「こんなに可愛い一人娘を遺して亡くなってしまって。ご両親はさぞ無念だったろうなあ……」
「…………可愛いだなんて、そんな。でも嬉しいです」
(――あ、まただ。何だか胸がキュンって。コレって何? わたし、どうなっちゃってるの?)
彼に優しい言葉をかけられるたび、笑いかけられるたびに、愛美の心はザワつく。
でも、それは決して不快ではなくて。むしろ心地よい感覚だった。
* * * *
――信じられないことに、注文した品を二人がすっかり平らげてしまった頃。
「すみません、純也さん。わたし、ちょっとお手洗いに」
「ああ、うん。どうぞ」
――ものの数分で愛美が戻ってくると、純也はスマホに誰かからの電話を受けていたようで、せわしなく通話を終えようとしているところだった。
「愛美ちゃん、すまない。僕はここの支払いを済ませたら、急いで帰らなきゃならなくなったんだ。だから今日、珠莉に会う暇がなくなった」
「えっ、そうなんですか? 大変ですね」
純也は急いで席を立つと、レジで二人分の支払いをしてくれた。愛美も後ろからついていく。
「愛美ちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ。珠莉によろしく伝えておいてくれるかな?」
「はい、もちろんです」
「よろしく頼むよ。じゃあまた」
「……はい。また」
純也は車が迎えに来るらしく、駆け足で校門の方まで行ってしまった。