拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
(…………また? 〝また〟ってどういうこと?)

 彼をポカンと見送っていた愛美は、首を捻った。
 普通に考えたら、今日は会えなかった姪の珠莉に会うために〝また〟来るという意味だろう。でも、もしもそういう意味じゃないとしたら……。

(……なんて考えてる場合じゃなかった! 珠莉ちゃん待たせてるのに!)

 しかも、彼女に会わずに純也は帰ってしまった。どちらにしても、怒られることは予想がつく。けれど、彼女の元に戻らないわけにもいかない。

(はぁー……、珠莉ちゃんになんて言い訳しよう?)

 足取り重く、愛美が寮に帰っていくと、ちょうど補習授業を終えたさやかと珠莉も戻ってきた。

「愛美ー、おつかれ。補習終わったよー」

「愛美さん、今日はどうもありがとう。ムリなお願いをしてごめんなさいね。――ところで愛美さん、純也叔父さまはどちらに?」

(う……っ!)

 珠莉に痛いところを突かれ、言い訳する言葉も思いつかない愛美はしどろもどろに答える。

「あー……、えっと。なんか急に帰らないといけなくなったっておっしゃって、ついさっき帰っちゃった……よ」

「はあっ!? 『帰られた』ってどういうことですの!? 私、言いましたわよね。補習が終わる頃に知らせてほしい、って」

(ああ……、ヤバい! めちゃくちゃ怒ってる!)

 怒られる、と覚悟はしていた愛美だったけれど、予想以上の珠莉の剣幕(けんまく)にはさすがにたじろいだ。

「純也叔父さまはあの通りのイケメンですし、気前もいいしで女性からの人気スゴいんですのよ! あなた、叔父さまを横取りしましたわね!?」

「別にそんなワケじゃ……。珠莉ちゃんには連絡しようとしたの。でも、純也さんに止められて」

「純也()()!?」

「まあまあ、珠莉。もしかしてアンタ、叔父さまにお小遣いねだろうと思ってたんじゃないの? だからそんなに怒ってるんだ?」

 さやかは、珠莉が怒っている原因を「彼女自身が(やま)しいからだ」と見破った。

「そ……っ、そんなんじゃありませんわ! さやかさん、何をおっしゃってるんだか、まったく」

(こりゃ図星だな)

 さやかの読みは多分当たっているだろうと愛美も思った。

「言っとくけど、純也さんとは学校の敷地内歩きながらおしゃべりして、カフェでお茶しただけだから。――おごってもらっちゃったけど」

「なんですって!?」

「はい、どうどう。――それより愛美、アンタ顔赤いよ? どしたの?」

 さやかはまだ怒り狂っている珠莉をなだめつつ、愛美の変化にも気がついた。

「えっ? ……ううん、別に何もないよ?」

 慌ててごまかしてみても、愛美の心のザワつきはまだおさまらなかった。

(ホントにもう! わたし、どうなっちゃったの――?)


   * * * *


 ――それから数日間、愛美は純也のことばかり考えていた。
 夜眠ろうとすれば夢の中にまで登場し、土日は寝不足で欠伸(あくび)ばかり。三日経った今日は一限目から上の空で授業なんて耳に入らない。

「愛美、なんかここ数日様子がヘンだよ。ホントにどうしちゃったの?」

 普段は大らかなさやかも、さすがに心配らしい。けれど、愛美自身にはその原因が何なのか分かっていないため、答えようがない。

 六限目までの授業を全て終え、寮に戻ってきた愛美・さやか・珠莉の三人はまず寮監室に立ち寄った。普通郵便は個人の郵便受けに届くけれど、書留や小包みなどは寮監の晴美さんが預かり、本人に手渡されることになっている。
 そして今日は、愛美が待ちに待った〝あしながおじさん〟からの現金書留が届く日なのだ。 

「お帰りなさい。相川さん、現金書留が来てますよ」

「わあ! 晴美さん、ありがとうございます!」

 愛美は満面の笑みでお礼を言い、晴美さんから封筒を受け取った。開けてみると、中身はキッチリ三万五千円!

「コレでやっと金欠から脱出できる~♪」

 何せ、財布の中には千円札が二・三枚しか入っていなかったのだから。

「――あ、それから。辺唐院さんには荷物が届いてますよ」

「はい? ……ありがとうございます。――あら、純也叔父さまからだわ」

 珠莉が受け取ったのは、レターパック。差出人は純也らしい。

「えっ、純也さんから? 何だろうね?」

 愛美もワクワクして、珠莉とさやかの部屋までついていった。彼女も中身が気になるのである。
 何より、理由は分からないけれど気になって仕方がない純也(あいて)からの贈り物なのだから。……自分宛てじゃないけれど。

「あら、チョコレートだわ。三箱もある。しかもコレ、ゴディバよ! 高級ブランドの」

 開封するなり、珠莉が歓声を上げた。

「えっ、マジ!? 一粒五百円もするとかいう、あの!? っていうか、なんであたしの分まで」

「あ、待って下さい。メッセージカードが付いてますわ。――『金曜日はありがとう。珠莉と愛美ちゃんにだけお礼を送るのは不公平だと思って、珠莉のルームメイトにも送ることにした』ですって」

「なぁんだ、義理か。でもあたし、チョコ好きだし。ありがたくもらっとくよ。でもコレ、もったいなくていっぺんには食べられないね。……ね、愛美?」

「…………えっ? あー、うん。そうだね」

 さやかに話を振られ、愛美の反応が(ワン)テンポ遅れる。そこをさやかが目ざとくツッコんできた。

「やっぱりヘンだよ、愛美。どうしちゃったのよ?」

「うん……。ねえ、さやかちゃん。わたしね、金曜日からずっと純也さんのことが頭から離れないの。夢にも出てくるし、授業中にもあの人のことばっかり考えちゃって。……この気持ち、何ていうのかな?」

 さやかはその言葉を聞いて、全てを理解した。

「それってさあ、〝恋〟だよ。愛美、アンタは純也さんに恋しちゃったんだよ」

「恋? ――そっか、これが〝恋〟なんだ……」

 愛美もそれでしっくり来た。生れてはじめての感情なのだから、誰かに教えてもらわなければこれが何なのか分からないままだったろう。
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