拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~ 【改稿版】
(懐かしいな……。まだここを卒業して三年も経ってないのに)
門の外から園の建物を感慨深く眺めて、愛美は目を細める。
二歳の頃からここで暮らしていたとして、中学卒業までは十三年とちょっと、この〝家〟で過ごしてきたことになる。ここには数えきれない思い出が詰まっているのだ。楽しかったことも、悲しかったことも。
「――さて、行くか」
門をくぐった愛美は、園長から電話で聞いたとおり、正面玄関ではなく来客用の玄関でスリッパに履き替える。そこに一足、男性ものの革靴が揃えて置かれていることに気づいて首を傾げた。そこでふと感じるデジャブ。
ちょうど三年前の今ごろ、愛美はこのあたりで〝あしながおじさん〟のあのヒョロ長いシルエットを目撃したのだ。あれは夜だったけれど……。
「……あれ? この靴、誰のだろう? 純也さんの……じゃなさそうだけど」
彼の靴のサイズは二十九センチだけれど、この靴はそれよりサイズが小さいように見える。
それに、珠莉から聞いた話では、彼がここを訪れるのは毎月第一水曜日だけらしいけれど、今日はその日ではない。
「誰か、他にお客様が見えてるのかな……?」
その靴の持ち主が誰なのかは気になったけれど、愛美はとにかく園長室へ向かって進んでいく。
「――園長先生、お久しぶりです。ただいま帰りました」
自分のデスクに座っていた聡美園長に声をかけると、応接用のソファーに腰かけている男性が園長と同時に愛美の方へ顔を上げたので驚いた。
彼は四十代半ばくらいで、知的な感じのスリム体型。そして彼のスーツの襟には金色のバッジが光っている。
「おかえりなさい、愛美ちゃん。――ああ、こちらの方、紹介するわね。弁護士の北倉先生よ」
「相川愛美さんですね? 私は弁護士の北倉と申します。あなたのご両親が亡くなった、十六年前のジャンボジェット機墜落事故の遺族救済を担当しておりました」
「……どうも。お名刺頂戴いたします。――あの、高校生作家の相川愛美です。名刺はありませんけど」
名刺を受け取った愛美は、こちらも自己紹介をしなければと思い、丁寧に名乗って頭をペコリと下げた。
「愛美ちゃん、この弁護士さんが、あなたに大事なお話があるそうでね。――あなたからご両親の亡くなった理由が知りたいって手紙をもらった時に、ちょうどいいわと思って連絡して、今日わざわざ来て頂いたの」
「そう……なんですか。――あの、北倉先生……でしたっけ。わたしに大事なお話っていうのは? 両親の死とどんな関係があるんですか?」
この先生は十六年前、事故の遺族救済を担当していたと言った。ということは、事故の後に愛美の知らなかった重大な何かがあったということだろうか。
「それをお話しする前に、あなたはあの事故についてどの程度の事実をご存じですか?」
「ここへ来る前、ネットで調べました。山梨の山中にジャンボジェット機が墜落して、乗員・乗客五百人全員が助からなかった、って。あと、わたしの両親らしい『相川』っていう苗字の夫婦の名前が乗客名簿にあったっていうのは知り合いから聞かされたんですけど……。それじゃやっぱり、その夫婦っていうのが」
「はい、あなたのご両親で間違いないと。お二人のご遺体は幸いにも状態がよかったので、ここにいらっしゃる若葉園長が身元の確認をされたそうです。お二人は園長が小学校の教員をされていた頃の教え子だったそうで、卒業後にも交流があったそうなんです」
「えっ、そうだったんですか?」
愛美は驚いて、聡美園長に向けて目を見開く。
「ええ、実はそうなのよ。あの二人は私の教え子だった頃から仲がよくてね、結婚式にも出席させてもらったわ。あなたのご両親は、子供ができなかった私たち夫婦にとって我が子も同然だったの。だから、事故が起きる二日前、『親戚の法事でどうしても愛美ちゃんを連れていけない』っていう二人の頼みを聞き入れて、すでに開園していたこの施設でまだ小さかったあなたを預かってたのだけれど……」
そこまで話した園長が、涙で声を詰まらせた。
「……まさかその二日後に、あんな変わり果てた姿で再会するなんて……」
たった二日前、元気な姿で別れた教え子夫婦とそんな形で物言わぬ再会をすることになった園長の気持ちを想像したら、愛美も自然ともらい泣きをしていた。気づけば、北倉弁護士の目にも涙が……。
「……ああ、すみません。――それでですね、ここまでは前置きで、ここからが本題なんです。ご両親を亡くされた幼いあなたは、お母さまの弟さんのご夫妻に引き取られることになったんですが……」
「わたし、親戚がいたんですね」
「ええ。ですが、そのご親戚が問題でして。二人は日本政府から被害者遺族に支給されたお見舞金目当てであなたを引き取り、見舞金を受け取った後はあなたへの育児を放棄して遊び惚けていたんです」
「…………! そんな……ヒドすぎる……」
愛美は顔も憶えていないその叔父夫婦に対して、何ともいえない怒りがこみ上げていた。もしその二人が今になって「親戚だよ」と再び目の前に現れたら、彼らに何をするか分からない。
門の外から園の建物を感慨深く眺めて、愛美は目を細める。
二歳の頃からここで暮らしていたとして、中学卒業までは十三年とちょっと、この〝家〟で過ごしてきたことになる。ここには数えきれない思い出が詰まっているのだ。楽しかったことも、悲しかったことも。
「――さて、行くか」
門をくぐった愛美は、園長から電話で聞いたとおり、正面玄関ではなく来客用の玄関でスリッパに履き替える。そこに一足、男性ものの革靴が揃えて置かれていることに気づいて首を傾げた。そこでふと感じるデジャブ。
ちょうど三年前の今ごろ、愛美はこのあたりで〝あしながおじさん〟のあのヒョロ長いシルエットを目撃したのだ。あれは夜だったけれど……。
「……あれ? この靴、誰のだろう? 純也さんの……じゃなさそうだけど」
彼の靴のサイズは二十九センチだけれど、この靴はそれよりサイズが小さいように見える。
それに、珠莉から聞いた話では、彼がここを訪れるのは毎月第一水曜日だけらしいけれど、今日はその日ではない。
「誰か、他にお客様が見えてるのかな……?」
その靴の持ち主が誰なのかは気になったけれど、愛美はとにかく園長室へ向かって進んでいく。
「――園長先生、お久しぶりです。ただいま帰りました」
自分のデスクに座っていた聡美園長に声をかけると、応接用のソファーに腰かけている男性が園長と同時に愛美の方へ顔を上げたので驚いた。
彼は四十代半ばくらいで、知的な感じのスリム体型。そして彼のスーツの襟には金色のバッジが光っている。
「おかえりなさい、愛美ちゃん。――ああ、こちらの方、紹介するわね。弁護士の北倉先生よ」
「相川愛美さんですね? 私は弁護士の北倉と申します。あなたのご両親が亡くなった、十六年前のジャンボジェット機墜落事故の遺族救済を担当しておりました」
「……どうも。お名刺頂戴いたします。――あの、高校生作家の相川愛美です。名刺はありませんけど」
名刺を受け取った愛美は、こちらも自己紹介をしなければと思い、丁寧に名乗って頭をペコリと下げた。
「愛美ちゃん、この弁護士さんが、あなたに大事なお話があるそうでね。――あなたからご両親の亡くなった理由が知りたいって手紙をもらった時に、ちょうどいいわと思って連絡して、今日わざわざ来て頂いたの」
「そう……なんですか。――あの、北倉先生……でしたっけ。わたしに大事なお話っていうのは? 両親の死とどんな関係があるんですか?」
この先生は十六年前、事故の遺族救済を担当していたと言った。ということは、事故の後に愛美の知らなかった重大な何かがあったということだろうか。
「それをお話しする前に、あなたはあの事故についてどの程度の事実をご存じですか?」
「ここへ来る前、ネットで調べました。山梨の山中にジャンボジェット機が墜落して、乗員・乗客五百人全員が助からなかった、って。あと、わたしの両親らしい『相川』っていう苗字の夫婦の名前が乗客名簿にあったっていうのは知り合いから聞かされたんですけど……。それじゃやっぱり、その夫婦っていうのが」
「はい、あなたのご両親で間違いないと。お二人のご遺体は幸いにも状態がよかったので、ここにいらっしゃる若葉園長が身元の確認をされたそうです。お二人は園長が小学校の教員をされていた頃の教え子だったそうで、卒業後にも交流があったそうなんです」
「えっ、そうだったんですか?」
愛美は驚いて、聡美園長に向けて目を見開く。
「ええ、実はそうなのよ。あの二人は私の教え子だった頃から仲がよくてね、結婚式にも出席させてもらったわ。あなたのご両親は、子供ができなかった私たち夫婦にとって我が子も同然だったの。だから、事故が起きる二日前、『親戚の法事でどうしても愛美ちゃんを連れていけない』っていう二人の頼みを聞き入れて、すでに開園していたこの施設でまだ小さかったあなたを預かってたのだけれど……」
そこまで話した園長が、涙で声を詰まらせた。
「……まさかその二日後に、あんな変わり果てた姿で再会するなんて……」
たった二日前、元気な姿で別れた教え子夫婦とそんな形で物言わぬ再会をすることになった園長の気持ちを想像したら、愛美も自然ともらい泣きをしていた。気づけば、北倉弁護士の目にも涙が……。
「……ああ、すみません。――それでですね、ここまでは前置きで、ここからが本題なんです。ご両親を亡くされた幼いあなたは、お母さまの弟さんのご夫妻に引き取られることになったんですが……」
「わたし、親戚がいたんですね」
「ええ。ですが、そのご親戚が問題でして。二人は日本政府から被害者遺族に支給されたお見舞金目当てであなたを引き取り、見舞金を受け取った後はあなたへの育児を放棄して遊び惚けていたんです」
「…………! そんな……ヒドすぎる……」
愛美は顔も憶えていないその叔父夫婦に対して、何ともいえない怒りがこみ上げていた。もしその二人が今になって「親戚だよ」と再び目の前に現れたら、彼らに何をするか分からない。