婚約者に悪役令嬢になってほしいと言われたので
◇貴方のそばに
頭を撫でる感触と、半身に感じる温かさに柔らかな微睡みから覚醒する。
「………起きたか、」
「………殿下?」
まだ完全に起きていない意識の中で体を起こそうとするが優しい殿下の手が名残惜しくてそっと肩に頭を寄せる。
「………懐かしい、夢を見ていました」
殿下と初めて会った時の夢です、と我ながらぼんやりした声で呟くと微かな振動が伝わってきた。
「それはまた懐かしいな」
笑い混じりの声を聞きながらそう言えば聞いたことがないなとふと思い出してしまう。まぁ気にならなかったと言えば嘘にはなるけれど、わざわざ聞くのもな、と後回しにしていたので。
でも今なら、聞いてもいいだろうか。このふわふわした半覚醒気味の勢いを借りてしまってもいいだろうか。
「……殿下、」
「ん?」
「殿下は、なぜ、わたしを婚約者にしてくださったのでしょうか……」
最初は婚約者として打診を受けて、純粋に嬉しくて。その後学ぶにつれて他にも政治的なパワーバランスなども考慮してなのだろうなと察する機会もあった。まぁわたしの家柄などがちょうど良かったのだろうなと思った。
けれど、それだけならば他にも候補は沢山いた。つまりはわたしである必要はなかった。
いろいろ理由は挙げられるのにどれも決定打にはなっていないように感じて、だからこそ不思議で。ずっと気になっていたけれど何か大きな理由があるわけではないのだと言われるのももやもやするので今まで触れずにいたけれど。
だって最初の出会いからして、こう、劇的な感じでもなかったし、なんなら失礼なことは言ったかもしれないがそこそこ無難にやり取りした記憶しかない。一方的に憧れは抱いたけれど。